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2023年1月19日木曜日

Greenwich park(グリニッジ公園)Cutty Sark周辺をお散歩してきました。2023年1月19日

 こんにちはぽんたです。

今回の投稿では私のお気に入りの公園というか、タウンの一つCutty Sark周辺、Greenwich park(グリニッジ公園)周辺について紹介がてら、日記がてら、書いていこうと思います。


ロンドン旅行を考えている人、住んでるけどこっちの方まだ来たことないわ、っている人の参考になればいいな、と思います。



ここは私がたまにブラブラしにくるお気に入りのエリアです。グリニッジ天文台があるところなので、観光でも来たことがある方も多いかもしれません。


ちなみに私はまだ天文台の中に入ったことがないです。プラネタリウムがあるらしいので機会があったらはいってみたいのですが、まだその機会を作ってはいません。


もし詳しい方いらっしゃいましたら、コメントで教えてください。


さて、まず今日のロンドンの気温ですが、今週は寒いです。最高温度4度でした。でも晴れでしたので、よかったです。笑。


服装に関しましては、太めのジーンズの下にモコモコスパッツを履き、薄い靴下とモコモコ靴下、靴はまあ冬仕様。


上はキャミ、ロンT、薄手のニットに薄手でも羽毛のジャンパー、1重ニット帽に耳当て、しっかりマフラーに薄い手袋、って感じで大丈夫でした。


厚手のニットをジャンパーの下に着てしまうと私は脇汗をかいてしまって、あとでそれが冷えて気持ち悪いので、


薄手のものを重ねて体温調節が可能なくらい、じっとしてたらそりゃ冷えるけれども、歩いていれば大丈夫くらいな服装が丁度良いのでは、と思っております。


さてさてそれでは写真を交えながら今日のお散歩コースを紹介していきます。


今日のお散歩の出発地点はこちら。DLRという東ロンドンの地上を走る電車の路線の駅、カティサーク駅です。

Cutty Sark station 

この写真は帰りに撮ったものですが、メイン的な入り口が半分閉じています。よくラッシュアワーに向けてロンドンでは片方を入り口にもう片方を出口に、交通規制する傾向があります。入り口が狭いからね。


私は今日こっちがわからでてきたのですが、地上に出るまで階段が長かったので、エレベーターがオススメ。ちなみに英国ではLiftって言います。エレベーターじゃないんです。



DLRに乗るときはこの機械の黄色いところにカードをタッチします。ワイファイマークの付いているクレジットカードでも大丈夫です。


タッチしなくても乗れます。が、割と私は高い確率でチェックする人に遭遇、そしてバレてしまった人に会います。


あと、使用する駅によってはゲートを通らないといけないところもあるので、忘れずタッチした方が余計な心労がないか、と。


一回うっかり忘れてしまったことがあるのですが、そんなときに限ってゲートの出口だったりして、3倍くらいの料金とられました。でも罰金よりはだいぶマシ。


ちなみに夫はわざとじゃなくて、普通に不注意で忘れがちです。


まずはグリニッジ公園へ直行。

ブログを再開しようと思い立ったのがカフェだったので、カフェ前の写真はありません。

グリニッジ公園からの景色のひとつ。

この公園は国立海洋博物館や、大学の向かいにあり、少し小高い丘になっていて、ロンドンの中心部を眺めることができます。


そして反対側にぬけて、原っぱを横断すると、blackheathという小さいエリアですが小洒落た雰囲気のお店やカフェがある街があって、そこも私は好きです。今日はそこまで遠出する気にはなりませんでしたので行きませんでしたが。


公園に入って私は左側に行きました。そこにも小高い丘があって、しかも人は少なめなので一人の時間を楽しみながら都会を眺めるのにはうってつけの場所があります。


そこで一息ついたあと、小腹が空いたので天文台の前のコーヒーキャビンでコーヒーでもかって、下におりてグリニッジマーケットでイスラエルのピタサンドでも食べようかなーと思っていたのですが、

そのコーヒーキャビンの手前でパビロンカフェを発見し、

あれ、前は営業しているの気づかなかったなーと興味が湧いてきて、


メニューを眺めていたら、ますます興味が湧いてきてしまって、ここでガッツリ飯をいただこう、と入店しました。


ロンドンのお店って、モルドバでもそうだったのですが、営業しているのか、していないのか、非常にわかりにくいです。


店内の明かりの照度が低いのか、窓が小さいからか、ドアが開いていないからか、西日で反射して店内に人がいるのか否かわからないからか、原因はいまいちわかりませんが、


私は初めてのお店に入るのに非常に勇気がいります。


それでも意を決して入ると、とてもいい感じの店員さんたちの居心地の良い空間でした。


パブでもそうなのですが、だいたいイギリスではまず、座席の確保が先なようで、

二階にも座席があったので今回は二階に。そしてテーブルに番号が付いています。付いてないおみせでは大抵番号フラッグみたいなのをもらえます。


看板で見たものを注文して、何番のテーブルかを伝えます。すぐ出てくる飲み物は自分で待って持っていくパターンもありますが、食べ物のときはお店の人が大抵持ってきてくれます。


テーブルで待っていると、さっきの店員のお姉さんがやってきて、私が看板で見たものは古いメニューだったようで、そのメニューないんだって、とのこと。新メニューになったばかりのようで、お姉さんもうっかりだったようで。


新しいメニューをみながら、チキンが食べたいんだけど、、、あれでもカレーしかない〜どーしよっかなーというゆっくりな過程もなぜか付き合ってくれる珍しい優しいお姉さんで、


おそらく彼女はロンドン出身ではない気がする。エセックス出身のお友達に似た雰囲気だなぁ。


結局ビーフのハンバガーとポテトのセットにして、値段は1ポンド高いはずなんだけど、お姉さんがそれは大丈夫、ごめんね!って感じだったので、ラッキー!


持ってきてくれたお兄さんも、ソースいる?って聞くからいるっていっちゃうじゃない、そしてちゃんと階段上り下りして持ってきてくれた。


他の店員さんの気遣いも優しいかったなー!

パビロンカフェ

と好印象だったので、ここでフラットホワイトをマイカップでテイクアウェイすることに


ちなみにテイクアウトのことを、こっちではテイクアウェイって言います。


初めてこの表現にであったのはエジプトだったのですが、え、なんか持ってけ!!って言われてるような感覚でおかしかったのですが、


あら、エジプトはイギリス英語でしたのね。
グリニッジ天文台前からの景色

はい、そしてこちらが歴史的建造物を小高い丘から眺めた景色でして。


ロンドンは結構乾燥しております。そんなロンドンの晴れたときの空の色。ダリの背景にそっくり。ヨーロッパの緯度、気候の空って感じで、また日本の空、トルコの空、イスラエルの空モルドバの空とはまた違うような。


グリニッジ天文台

はいこちらが天文台の一部。

丘を下って、地図上でみた気になるところ、トラファルガーロードに行ってみることに。


、、、あ、現実的なロードだった。ちょっと寂れているというか。

路上生活者がいる、というかどこにでもいるんだけど、ここにはいていいよ的なエリアでした。

ちなみにロンドンでは泥棒が入ったくらいじゃ警察は何もしてくれません。


被害届みたいなものに登録するくらいで、電話でやりとりするだけで警察はわざわざ事情聴取にきてくれたりドアの様子を見にきてくれたり指紋を採りにきてくれたり、近所の防犯カメラをチェックしてくれたり一切しません。


我々の方から防犯カメラのデータを提供しない限り、これ以上の捜査はできませんとメールがきます。


泥棒でいちいち動いていられるほどロンドンの警察は暇ではないようです。笑


路上で電話をしていると自転車にのった輩にとられたり、何か案内をされる感じでテーブルの上にのった携帯電話をとられたり、口の開いたカバンからアイパッドを抜き取られることはザラです。


あとすぐ自転車も盗まれますので、いろいろ気をつける必要があります。


泥棒が多すぎます。笑。



そんなことを思い出すような道でしたが、面白そうな建物がありました。それでもこれが今何に使われているのかは近くにいってもよくわかりませんでした。




はいこれがそのロードの様子です。ロンドンの大半の地区は実はこんな感じです。トルコの田舎街の中心部のような、ブラジルの富裕層でない地区のような様相です。


きらびやかなのはほんの一部、あとはほぼほぼこんな感じです。たまにアラビアの国に来たようにしか思えない地区もあります。


ここの通りにzaibatsuというすごい名前のお寿司屋さんがあったのですが、行ったことある人いますか?気になる。


テムズ川(グリニッジ側から)

そうそうに寂れた通りをテムズ川の方へ折り返し、川沿いを歩いてカティサークの方へ戻りました。

さっきとは反対側からの歴史的建造物。大学、カレッジだそうで。こんな建物、、、羨ましい。

いくつかの大学とカレッジがあるらしい。

そしてこちらがカティサークです。博物館になっているようです。私は中に入ったことはまだありませんが、、、


カティサーク


そしてグリニッジマーケットを通ります。

グリニッジマーケット

グリニッジマーケット

ここは月曜日に来てしまうとほとんど何もありません。一部のお店だけかろうじてあいてます。

今日は木曜日でしたので、まあまああいてます。クリスマス期間はもっとすごかったです。

アンティークな雑貨からハンドメイド雑貨、ストリートフードの屋台などがあります。

ここの周りにもオシャレなカフェがいくつかあるので、いろいろ探索しがいのあるエリアです。

そして私の今日のこのエリアの最終目的地はここ!

Dark sugars

オープンしたての頃に来たときよりはるかにお客さんの数が多かった今日、何やら取材のカメラとリポーターまでいました。

グーグルマップだと、dark sugars cocoa house-flagship storeで表示されます。
中に入るとこんな感じ





ショコラってジョニーデップも出てる映画みたことあります?まさにそんな感じなチョコレートたちがならんでいるのです!

袋に詰めて買ったり、箱にも詰めれるみたいです。ホットチョコレートもあるし、お二階はバーになっていたような、、、。去年来たときはまだ改装途中でしたが。


ちなみにこちらではココアって言っても誰もわかってくれなくてホットチョコレートって言います。そもそも違うものなのかな?

量り売りが主流です。
値段はもちろんお高め、私にとっては笑。



こんくらい買って8ポンド弱。。。ですが、お口の中でとろけるトリュフ的なものばかりでそれぞれ味が違うやさしーい甘さのしっかりカカオ味なので至極の時間をおうちで味わいました。

夫は、完全に豚に真珠という言葉が頭に浮かぶ感じなのですが、携帯を片手に食べ始めたので少し怒りを覚えました。笑。


しっかり彼が何を食べたか見張り、均等になるように、あなたはあとこれとこれね、と指示を出しながら食べました。


嫁がせっかく二人で食べようと特別なチョコレートを夫の顔を思い浮かべながら選んで買ってきたものなので、(そして家に帰っても独り占めせず彼が来るまで手をつけなかった)もう少しそのチョコレートの味を味わって食べて欲しい、といつも思います。


どうせ、甘い、だけしか感じ取れないのかもしれませんけど。


まあ、お仕事で疲れているのでしょうから、あんまりいじめてもかわいそうなので愚痴も程々に好きなようにしてもらいますけれども。


そんなこんなで、ものすごく長々と書いてしまいまして。いつもこうなっちゃうのですけれども。

最後までお読みくださった皆様、どうもありがとうございます。




2022年1月7日金曜日

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より後編

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より後編

こんにちはぽんたです。

この記事は、前回の記事の続きです。前編はこちらからどうぞ。

それでは、2022年の1月6日の手記後編スタートです。


なぜかロンドンに溢れるイタリアの伝統クリスマスケーキ



〈前回からの続き〉

以上、ロンドンでの状況からの自分への影響。


話を軸に戻して、そのホメオパスの方に勧めていただいた腸の善玉菌を増やす方法の中で、サワークラウトがあった。


なるほど、それならモルドバにもあったなあ、と思い夫に話すと、ロシア人の方が美味しく作るはずだとかなんとか言って、ロシア語のユーチューブにあるレシピで作ってくれ、とのことだったので、まぁ、夫が食べてくれるのが何よりだから、その通りにした。


そうすると、確かに美味しいものができて、夫も食べてくれるものができた。


【夫は2つ歳が上なだけなのだけれども、国が違うからか、文化圏が違うからか、まるで昭和の男性のように感じるところがある。


昭和ならまだマシで、まれに大正、明治に生まれたのではなかろうか、、、と思うときもある。古き良き時代といえばそうなのだけれども、自分の慣れ親しんだ味しか受け付けてくれない。


私がいきなり彼の食べたことのない和食を家で作ろうものなら、また私が変な創作料理を作ったと思って、文句を言ったり食べてくれないことが多い。


だから、まず、レストランに行って、私以外の人が作ったものを食べさせて、こういう料理が既に存在するのだと、決して私が適当に作り上げたものではない、ということを認識してもらう必要があるのである。


だから、ロンドンに来て良かったのかもしれない。ロンドンは移民の都市なので、様々な文化圏の人が大勢いて、レストランも屋台もとてもインターナショナル。


私はレストランやカフェで家とは別の雰囲気を味わいながら食べるのが好きなのだけれども、夫は人が多いところは心地が悪いらしく、デリバリーを取ることの方が私たちは多い。


私が食べられるものがあるのは、ベトナム料理、タイ料理、マレーシア料理など、米粉の麺があってベジオプションがあって味が濃いもの。

幸い、夫もこれらの料理を美味しいと感じてくれて、家で何か作る時もナンプラーを使って炒め物ができるようになった。

(以前、ナンプラーの臭いを嗅がれてしまい、危うく使えなくなるところではあったが、どうにかもうすでに食べたことがあることを聞き入れてもらえてセーフだった。)】




ホメオパス曰く、私の腸は善玉菌のクッションがなくて、毒素をそのまま吸収してしまうのではなかろうか。腸と皮膚はつながっていて、(考えてみればそうだよね。肛門を境に腸、そして皮膚だもんね。)そしてセロトニンは腸で作られるらしく、メンタルに直結する、とのこと。




つまり、腸を整えることでメンタルも整う。確かに、本当にそうだと思うことがあって、サワークラウトを食べ始めてから、気分もポジティブになっていて、湿疹もそんなに出なくなった。


それを良いことに、本当は、症状が緩和するまで、悪玉菌のエサになる砂糖、柔毛にべったりくっついちゃうグルテン、おそらくそもそも私が処理できないであろう乳製品を控えなきゃいけないんだけど、年末年始、若干解放気分になって、小麦を使ったお菓子をこさえてしまったり、甘いものを食べてしまったり、白チーズを食べてしまった。


そしたら、やっぱりおととい、鬱状態に陥ってしんどくなってしまった。


年末年始、トレーニング場所がお休みなのと、どこかにお出かけしようにも天気も悪いしお金もない、太陽もない、みたいなことも原因かもしれないが、

でもやはり腸内環境に私の気分はだいぶ左右される、ということがやっと納得できた。


前々から薄々気づいてはいが、専門家に言われるとやはりそうか、となる。


マグネシウムについてもその方は触れていて、それに関しても今日、ちょっとわかったような出来事に見舞われた。


マグネシウムは、運動したり、ストレスがかかったりしても流れ出てしまうらしい。現代社会人の多くがマグネシウム不足だそう。


そして、マグネシウムと腸と皮膚とメンタルがどうつながっていたかはうろ覚えだが、(PHかなんかの関係だったかもしれない。)

何はともあれ、心身ともに良好な状態であるためにマグネシウムの不足を解消しなければならず、勧められたエプソムソルトでの足湯も始めていた。

皮膚の湿疹もあまり出なくなってきたのだが、今朝、白チーズを食べたらまた出てしまった。


サワークラウトも食べ続けているし、レメディも使用し始めているのに、なぜだろうか、と考えたところ、足湯を最近していなかったことと、昨日、しっかりめのトレーニングをしていた。マグネシウムが不足したことが考えられる。


そのためエプソムソルトでの足湯を施した。




サプリメントは正直あまり摂りたくはない。原料がどれくらい信頼できるものなのかがわからないからだ。しかし、もし私が信頼している情報筋の人たちが何かオススメしてくれるものがあれば取り入れても良いかな、と思う。(この世で1人しかいない。。。他力本願。。。)


とりあえず、ナッツ類を今日は買ってみた。ちなみに私が好きなナッツはカシューナッツ。


ところで、処方してもらったレメディに関しては、やはりプロの方に処方してもらっただけあって、結構細かくいろいろ考えてもらえた。


ポーテンシーや組み合わせ、摂取のタイミングや形状に関しては、やはり素人がいろいろ試してできる範囲を当然超えているので、客観的に分析してもらって、一番効率が良いと判断できたものを処方してもらえた感じ。満足だ。



それらを摂取し始めてみて、面白い夢を見たり、あとは、いわゆる好転反応と言われるうちの一つ、蕁麻疹がチラッと出たり、あとは、お恥ずかしながら精がついてきた。


低用量ピルをトルコにいた時に使っていたことがあって、それってやっぱり体に蓄積してしまって、PMSだとかに影響をするようなことらしいのだが、それをデトックスするような処方もしてもらえたようで、


そのおかげかなんだかはよくわからないのだが、夫が悲しむくらいに非積極的だった私が、だんだん元気が戻ってきて、今では様々な遺伝子のバリエーションを残したいなあ、とかなんとか考えるまでになってしまった。少し元気になりすぎたかな。


まあ、そんな野望は子供をコミュニティではなく各家庭で育てるようなシステムの現代社会ではリスクが高いし、第一やはり夫の遺伝子のように私にとって魅力的な遺伝子が巷にゴロゴロいるはずわけでもない。


でも性生活の充実は、私の体の状況も大いに関わっているが、夫側の日頃の努力もかなり重要であることをここに書き留めて本日の手記を終了することにする。


お読みいただきありがとうございました。次回は、また気が向いたときにつらつら書くつもりです。


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2021年6月13日日曜日

追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。シリーズまとめ

この投稿では「追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。」シリーズの記事がまとめてあります。



追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。その1、「2021年3月初旬、プランでミック最中でのイギリスから日本への渡航」

追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。その1、「2021年3月初旬、プランでミック最中でのイギリスから日本への渡航」

飛行機から見たガイア


こんにちは、ぽんたです。
ブログを更新する気力がなかなかなく、だいぶ滞らせましたが、本日よりぼちぼち再開していきたいと思います。

今回追憶日記シリーズとして、2021年新型コロナウイルスのプランデミック最中での3月の初旬の日本への帰国、EU settlement scheame family permitを申請し、それを待ち、受け取り、イギリスへ再び入国するまでの一連の流れをかいつまみながら振り返ってみたいと思います。

ご興味のある方へ興味深い内容にできたら良いな、と思います。

これより以下は追億日記のため、ですます調は省略させていただき、私のつぶやきの連続のような形式でつらつらと書かせていただきます。



2021年2月の下旬、ロンドンでのとあるシェアフラットの牢屋サイズの部屋にて。

夫のEU settlement scheame(pre settled status)がEメールでやっと届いた。(これにたどり着くまでに約3ヶ月、夫は首を長くして待った。)

夫は、これで5年は英国に住み続けられるぞ、とやっと確信し、私が日本へ行って私に必要な査証を申請する手続きへのゴーサインが出た。


これに関しては、夫がその書類を申請した時に同時に申請することもできたし、日本に行かなくても例えばモルドバでも申請することができた。

ただ、EU settlement scheameは英国内で申請すべきものであるのに対し、そのfamily permitは英国の外から申請・受理しなければならない。


なぜそもそもそんなすったもんだをしなければならなくなったかというと、英国がEUを離脱する、と踏ん切りをつけたからだ。


今まではEUパスポート保持者は英国でも自由に住めて自由に仕事ができた。逆にイギリス人が他のEU諸国で働きたい場合もしかり。3ヶ月以上の滞在は住所登録はしなければならなかったかもしれないが、それでも英国に住もうとするのに敷居はそこまで高くなかったであろう。


しかし、英国はとうとう決めた、2020年12月31日移行は俺たちはEUではない、と。

そして、2020年12月31日までに英国に来て居住し始めたEU出身の人々へ対して、2021年6月30日までにEU settlement scheame(pre settled status)を申請、登録するように定めた。

(このことを友人から聞いた夫は、2020年の11月末、僕はロンドンに住みたい、と言い出した。僕にはあと1ヶ月しかチャンスはない、と。その時私はまだモルドバの居住許可を申請したばかりで、それをとりあえず待たなければならなかったため、じゃあお前先に飛んで仕事と部屋を見つけて来い、と送り出した。そうして彼はロンドンに滑り込みセーフをしたわけである。)

ロンドンでも桜を愛でることができた。


そしてその家族に対しても、もし彼らが英国に住んでいなかったとしても、英国の外から2021年6月30日までにfamily permitを申請するように定めた。


4月以降にそれを提げて入国した家族たちは、4ヶ月以内にEU settlement scheameを申請する必要があるらしい。(私は不安だったのですでに申請した。)


上記の通り、私は私の英語の解釈があっているのか定かではなく不安であったため、6月末までに再び英国へ入国しEU settlement scheameを申請し終えることを目標にした。


今の時期、嫌が応にも渡航後の自主隔離期間がスケジュールに入ってくる。それが明けてからでないと指紋を採ってパスポートを提出しにいけない。そしてパスポートに許可証が貼られて戻ってくるまでの期間、どれくらいか検討がつかない。


体感的には3月の初旬までに日本に入国できればギリギリ間に合うだろう、という感じであった。

なぜ、モルドバでもできるのに、渡航費用をわざわざかけて日本での申請を決意したのか、というと、なんとなく、そっちの方が体の感覚が心地よかったからだ。


頭で考えると、モルドバの方がよかったかもしれない。渡航費、末日数、どれも節約できたであろう。


でも、夫のいないモルドバなんて、申し訳ないが、いる価値が私には全くもって見えない。


薬漬けの隣人、妄想症の姑、アル中の姑の彼氏を避けながら、シャワーのないろくにお湯が出ない埃まみれの部屋でひっそりと息を潜めて時を待つ、、、のはもう十分だ。そんな場所には戻りたくない。


というわけで、意を決して日本への渡航を決めた。


日本へ行く前に、準備をしなければならないことがあった。pcr検査だ。渡航日の三日前以降に受けた新型コロナウイルスの陰性証明書を取得する必要がある。

ヤギでもビールでも要請を示す、あのpcr検査だ。


uk home officeのサイトでわかりにくく紹介されていた検査機関のうち、行きやすくて少し値段の安いところへ申し込み、受けてきた。申し込む際はパスポートの情報が必要だった。試験会場に行く時もパスポートを持参しなければならない。


値段が安い、と言っても、クソ高い。しかも行ったらセルフサービスだ。自分で綿棒を花に突っ込み、のどちんこへ突っ込む。受付にお姉さんが1人座っているだけの、イベント会場を借りて作られた即席検査会場。超良いビジネスやってますね。それで3万円弱とるんですかこのインチキなキットに。たいそうなご身分ですね。


20秒、誰が自分の鼻の奥に突っ込もうか、綿棒を。当然チェックする人などいないからペッペッペーと終わらせる。そんな不快なことを自分の身体にするわけがない。綿棒の先に何が付いてるかもわからないからね。


モルドバでは重装備で人がやっていた。しかも値段は5千円くらいだった。まだその時はあ、何か蔓延しているんだな、と思っていたがこれでは確信に変わるものがある。


あ、みんな蔓延しているふりしてるんだ。。。あ、ここの人たちはそれに気づいてハイハイお金払えばいいんでしょ、、、と付き合っているのか。


結果は翌日eメールで届いた。結果は陰性だった。誰にも会ってないのだから当たり前なのだが、これに関してはいつも少しドキドキする。


英国では電子メールの事をviaメールという。これを知らなかったため、私は結果が紙面でポストに投函されるのかと思っていたが違かった。


その日の気温は14度だった。モルドバでマイナス気温で冬を過ごしていた私は、てっきり14度は割と暖かく、きっと春ぐらいだろうと思い、春ぐらいの格好をして検査会場に行った。


ところがどっこい。14度はまだまだ寒かった。カタカタ震えながら帰路に着いたが、バスの中では半袖半ズボンの少年を見かけるし、短パンで皮膚を真っ赤にしながら自転車をこぐ殿方はいるわで、ロンドンでは割と皆さん薄着普通のご様子。


夫は、モルドバでは子供に冬場ニット帽を被せるように親が気を使うが、ロンドンではそれが全くない、と少し批判ぶったことを言っていたことがある。


そんなこんなで陰性証明書を携帯に保存し、

(つい最近、紙面ではないと強制送還されたらしいとか、というニュースが出てきた。ガチで引いた。日本、大丈夫か?と思った。今時紙を要求するなんて。。。私も時間に余裕があるときはその方が相手にも見やすいから一応紙にするけど、ギリギリに結果が来る場合もある。日本は書式を指定しているので、たいていの場合日本政府側が必要な情報はどこの検査機関でもクリアできているけど、これから飛ぶなら確認した方が良さそうだ。)


いざ空港へ!!

カウンターでは陰性証明書をちゃんと持っているか確認して、大丈夫という判断がなされたらチェックイン荷物を預けて出発する。


私が飛んだ時の日本の厚生労働省かなんかの決定では、英国からの入国は3日間の指定のホテルでの待機、その後、残りの日数を自主隔離、計14日間の自主隔離期間を定めていた。

だいぶ、この日数は人権侵害に関わってくるだろう。それでも仕方がない。もう行くしかない。

ちなみに日数の数え方は、到着した次の日から1日目、と数える。15日目から外出していいよ、ということだ。


飛行機に搭乗するとき、係りの人に松果体にレーザービームを当てられた。このときふざけんなぶっ飛ばしてやろうか、とは言ってはいけない。


ブラジルのフォルタレザでは、早々におでこにあの拳銃型の熱を測る機械を当てるのはなくなった。みんな腕で測るようになった。


そりゃそうだろう、あのポーズは強盗か人殺しか処刑人しかやらない。治安の悪いフォルタレザの人たちはきっと多くの人がストレスを感じるだろう。トラウマがある人だっているだろうし、かなり屈辱を受けるポーズだ。身の危険を感じる。


それをこの航空チームはまだやっていた。カタール航空だったか。ま、のちに日本でも散々やられるようになり、最終的にぶちぎれたように腕にやってくれ松果体が傷つく、というようになったが。

だって1回腕にお願いしますって言っただけだと食い下がってきたから。リラックスしたくて行ったのに、神経を逆なでられ、2度と行かないと誓った。ま、日本にいないけど。


どこが傷つく云々より、拳銃型のものをおでこに突きつけられて何も言わないでいられる感覚がわからないし、お客さんのおでこに拳銃型のものを平気で突きつけられる店員の感覚もわからない。ふざけんじゃねえっていつも抑えるのに必死だった。


京都では、観光客がきっとあの町を育ててくれているところもあるのかもしれなく、ちゃんと腕で測ってたな。厄介なのは、スマフォみたいな奴で測ってくるやつだが、もうそれくらいでは私の松果体は負けないと信じて行きたいお店に入っていくしかない。お店の人も、そうじゃないと営業させてもらえないのかもしれない。ブチ切れてごめんね。


さて、私はお肉を食べないことにしている。

(youtubeでオススメじみたことをしておいてなんだが、こればかりはほんと個人差。体や魂に問いかけながら進んでいかないと、貧血になったりする。私はお肉を食べなくしたら3年ほど続いたある部分の不調が治ったので継続中。いずれにせよお肉の質は気にした方が良いと思う。)




そのため、事前にチケット予約後電話して機内食をベジタリアン食に指定しておいた。指定の仕方は各航空会社のホームページでどのようなメニューがあるかを確認して自分が食べれるメニューの名前を把握し連絡するだけ。ただ、添加物に関しては融通が利かない。

カタール航空のベジタリアン機内食

このいろいろ面倒な時期に長距離渡航する人は少ないため、私は日本にくるときカタール経由の飛行機で来たが、乗り継ぎ前も、乗り継ぎ後の飛行機もエコノミー3列貸切。

全ての肘掛をあげてねそべることができたので、長距離フライトにしては人生初のそこまで疲労感がない渡航となった。

カタール空港でのお世辞にも可愛いとは言えないクマ





次回は日本に着陸してから、3日間の指定場所での待機について振り返れたらと思っています。

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2021年2月10日水曜日

在英日本大使館で10年パスポートを更新してみた記録

在英日本大使館で10年パスポートを更新してみた記録


こんにちは、ぽんたです。


パスポートの期限の残りが1年未満になったので、在英日本大使館で10年用のパスポートの更新をしてきました。

更新の仕方等は在英日本大使館の旅券のページをご参照いただければわかると思いますが、幾つか私が実際に大使館に問い合わせた内容、そしていただいた返答等を交えつつどんな流れで申請して、そしてどんな流れで受け取ったのかの記録をしていきたいと思います。

結構闇な歴史を持つのね、ロンドンタワー




目次




私が大使館に問い合わせた内容と、その返答

在英日本大使館の旅券のページに掲載されている英国滞在許可証印のある旅券という部分で、e-passportのゲートに通されて入国スタンプを押されることなく入国してしまった私は、旅券の申請ができるのか疑問に思いました。


モルドバだと1ヶ月かかるし、いろんな都合的に英国で今したかったのでダメ元で問い合わせてみると、窓口で短期滞在者であることを告げれば大丈夫ですよ、とのことでした。

用意した書類

私は本籍地がきちんとかけましたので、戸籍謄本やらは不要、そして短期滞在者ですので英国の滞在許可証も不要、そのためパスポートと、パスポート用の写真と、大使館に置いてある申請用紙を予約を取った時に記入して申請できました。



皆さんは、在英日本大使館の旅券のページを読んで、各々に合った情報を得てください。
パスポート用の証明写真はphoto-meという証明写真用の機械で撮りました。



その機械は家の近くの大きめのtesco(スーパーマーケット)にありました。6ユーロでクレジットカードでも支払いができました。ちょっと写真屋さんのものよりかは鮮明さにはかけますが、ロックダウン中で写真屋さんも開いてませんし、安上がりなのでまあ、よしとします。



でも、この写真と10年もやっていくからなぁ、、と思うと、ちょっと照明が足りなかった感じがします。



申請書は、ダウンロードでもできるのかもしれないですけれども、私は割とアナログなので大使館に行った時に例を見ながら記入しました。

オンライン予約

現在、在英日本大使館は新型コロナウイルスの影響もあるためか、事前にオンラインで予約しなければなりません。ここに、オンライン予約のリンクを貼っておきます。


このフォームの案内に従って予約を取ります。申請か、受領かを選択し、日時を選択して完了完了、、、としていくと、予約番号が表示されます。個人情報は何も必要ありません。



この予約番号は来館時に警備員さんにも入り口で案内してくれるお姉さんにも提示し、さらに窓口でも提示する必要があります。



番号を紙に控えても大丈夫ですが、スクリーンショットが便利だと思います。日時と番号を大使館の人たちは確認していました。

申請の流れ

予約の時間になったら大使館に行き、セキュリティチェックで予約番号を提示し、金属はセキュリティチェックのベルトコンベアに通して金属探知機を通ります。


パスポートも申請の時は見せたかな、、、でも受理の時はパスポートがないので、申請時に窓口でもらった紙を提示すれば大丈夫と、その紙に書いてありました。



そして銀行や郵便局のように番号札を取らなければならないのですが、申請書をまだ記入してない場合は、申請所を記入してから番号札を取ってください、との指示があります。



私が申請しに行った時は、私一人しかいませんでした。申請書を記入して、番号札を取って、番号が呼ばれるのを待ちます。



窓口では、日本人のお姉さんが対応してくれました。短期滞在者であることを告げ、だいたいいつ頃までの滞在を予定しているかを告げました。



日本の住所の他に今現在のロンドンでの滞在先の住所と連絡のつく電話番号を聞かれたので、夫の電話番号を同じ申請書の空いている箇所に記入しました。メールアドレスも記入しました。



受理できるのは、1週間後です。遠方からの方へは特別な措置があるそうで、それについては在英日本大使館の旅券のページをご確認ください。



申請手続きが一通り終わると、何日以降に取りに来てください、という紙をもらいます。そこに受理する際に支払う金額もメモされてきます。支払いは現金で、受理するときに払いました。

受理

受理する時もオンライン予約が必要です。受理の時間帯は3時45分以降のようでした。昼前までが申請みたいです。オンライン予約のリンクはこちらから。


受理の時はパスポートが手元にないので、それ以外の身分証明書がない場合は申請のときにもらった紙を予約番号と一緒に提示して大丈夫でした。



受理の時の警備員さんがちょろっと日本語で照れながらやり取りをしてくれてとても癒されました。可愛かったです。申請の時はぶっきらぼうな人でしたが、まあそれも警備員さんらしいって言っちゃあ、らしいですよね。



受理の時は人が多く、時間帯がそういう時間帯だからかもしれませんが、ディズニーランドのチケット売り場みたいなところでもう一度お姉さんに予約番号を確認されました。



番号札を取って、呼ばれたら窓口で予約番号と日時を確認され、名前を告げると出来上がったパスポートを持ってきてくれます。



画面でICチップに入っている情報を確認し、受理しましたという紙面を記入して、お金を払って無事終了です。



私は申請時に古いパスポートも欲しいと告げていました、が、言わなくてもくれるのかな?



新しいパスポートはデザインがパワーアップしており、日本人に生まれたことを本当に誇りに思うくらい素晴らしいものになっています。査証のページの背景が全て違うんです。冨嶽三十六景の作品がずらずらと並んでいるのです。



ものすごく美しく胸を打たれました。これは入国審査で是非とも世界各地の審査官にお披露目したいのに、英国では日本のパスポートはエレクトロの入り口へ通される。。。



でもなぜここまでしたのでしょうか、、、偽造パスポートが増えているのでしょうか?でもまあともあれ文化的なパスポートが持てて幸せなのであります。




おまけーーーーーーーーーーーーー

ちょろっと大使館の人に質問してみたことと、その返答をみなさまにもシェアしておきます。

質問:厚生労働省によると、英国(のみではないですが)からの帰国者は3日間の指定場所での待機しなければならないということですが、指定の場所というのは調べて前もって予約した方が良いのか、それとも空港でその場で案内されるのでしょうか。


大使館のお姉さんの答え:厚生労働省にお問い合わせいただくのが一番ですが、大使館側がもっている情報としては、その時々の人数によって待機場所が流動的に変わるので、前もって知ることはできず、空港で係りの人から案内、指定されるそうです。宿泊先には専用のバスがあるそうです。


とのことでした。もし、どなたか同じような疑問をお持ちの方がいらしたら、、、と思いシェアしてみました。


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2021年2月9日火曜日

2021年新型コロナパンデミック最中での海外移動した記録〜モルドバからイギリスへ〜

2021年新型コロナパンデミック最中での海外移動した記録〜モルドバからイギリスへ〜


こんにちは、ぽんたです。


なかなか良いインターネット環境にありつけず、更新できずにいました。
実は、2020年の11月末に夫がイギリスに住みたい、ブレグジットしちゃうから僕のチャンスは今年いっぱいだ、と言い出し、



既にモルドバで居住許可証の発行待ちだった私はすぐには飛べないので、とりあえず先に夫を
英国に飛ばし、初めての仕事がない年末年始を離れ離れで過ごしたのち、今は私も夫の元へきております。



この記事では、コロナ禍での国際線での移動について記録してあります。

タワーブリッジ


目次




どこからどこへ飛んだ?

モルドバのキシナウからイギリスのロンドンへ飛びました。2021年の1月18日のことです。


英国入国に要求された書類

コロナウイルの検査が陰性であることの証明書と、オンラインで記入するpassanger locator formです。


詳しくは英国の公式サイトgov.ukをご参照ください。コロナ禍でのイギリス入国についてはここにリンクを貼っておきます。


新型コロナウイルスの状況に応じて頻繁に情報が変わるので渡航を予定されている方はこまめにチェックすることをお勧めします。

書類1新型コロナウイルス検査陰性証明書について

これはいわゆるpcr検査で、私の時は出発予定時間の72時間前からの検査結果が有効とのことでした。



つまり出発予定時間より72時間以上前に検査したものは有効ではないため、検査を予約する際はよく計算して行いました。土曜日もやってくれている検査機関だったので助かりました。



今では三日前からの検査結果に変わっていました。→英国入国の際に必要な書類が書いてあるページへ飛ぶ(英語)



私はキシナウ市の検査してくれるinvitroというところに予約して検査をしてもらいました。その日の夕方にはメールで結果を送ってくれましたし、私はちゃんとした用紙でもらいたかったので翌日その用紙を取りに行きました。



書類は英語で作成してもらいました。去年の10月にモルドバからルーマニアに移動した時もそうでしたが、陰性であるととてもほっとします。こんだけ人に会ってないし、症状もないから陰性である自信はあるんですけど、結構ドキドキします。




陽性だと飛行機乗れませんからね。ちなみにこの陰性であることの証明ができないと罰金500ポンド課せられる可能性があります。

書類2passanger locator formについて

これは、イギリスの公式サイトgov.ukfill in your passanger locator formからオンラインで記入するものです。ちなみに英語です。



今私がこの記事を書いている時点では英国入国後は10日間の自主隔離が義務付けられていて、その10日間の滞在先の電話番号や住所を記入し、英国側が入国者から万が一陽性者が出た場合などの追跡調査やちゃんと自主隔離しているかのチェックに使われる模様です。



記入し終わると、私は嘘偽りなく書きました、そして10日間ちゃんと自主隔離します、と宣誓するページがあって、最終的にバーコードのあるページへ行き着きます。それをダウンロードして、スマホに保存しておくか、私の場合はプリントアウトして向かいました。

出国、入国の流れ

出国の際は、航空会社がカウンターで乗客が必要な書類を持っているか確認します。携帯電話にすべての書類を保存して画面上で見せている乗客もいましたし、私は不安だったのでちゃんとすべての書類を紙面上で提示しました。



私はモルドバの居住許可証もありましたので、何も特に別に尋ねられることはなく出国しました。



英国につき、モルドバではぎゅうぎゅうになって出国してきた我々は英国の空港では警察官が飛行機から降りて空港の建物に入った途端ソーシャルディスタンスを厳しく促し、マスク着用を厳しくチェックしていました。



威厳のある英国ポリスに感心しながら促された列に並んで待って、入国審査の前に警察官からpcr検査の陰性を証明する証明書とpassanger locator formのバーコードのあるページをチェックされました。確かパスポートもチェックされたかな、、、。そこはうろ覚えです。



結構ジロジロ書類を観察されて、無事にその関門を突破し次はいよいよ入国審査です。



日本のパスポートの場合はEパスポートのゲートへ促されます。私の旅券はちょうど更新まで1年を切っていたので少し古いせいか、サポートカウンターへ通されました。



そこで私はどのくらいの期間滞在するか、婚姻証明書を見せて英国にいる夫の元へいくこと、夫は自営業者であることなどを説明して、大丈夫そう、と判断され入国することができました。



パスポートの更新もあるし、記念にもなるし、入国スタンプが欲しかったのですが、あなたには入国スタンプはない、と断られてしまいました。でも、在英日本大使館でパスポートの更新の申請はできました。



それに関してはこちらの記事を作成しました。↓

入国後

入国後は、入国した次の日から数えて10日間の自主隔離をせねばなりませんでした。当局からの連絡は登録した夫の電話番号へ1通のSMSが自主隔離1日目にポツンときたきり、電話もなければ自宅訪問の確認もありませんでした。



ですが、万が一チェックされることを恐れてちゃんと家にこもっていました。ワイファイがなかったので結構きつかったですが、絵を描いたりコントーションのトレーニングをしたり、瞑想したりして過ごしました。



自主隔離が明けても、英国はまだまだロックダウン中で日用品のお店しか開いていません。ですがサイクリングしたりお散歩したりして街中をちょいちょい見て過ごしています。



夫のEU出身者向けの書類も、仕事もロックダウンだからなのか、ものすごい人数が一度にワッと申請したのかわかりませんがまだ届かず、、、、うまくいくといいなあ!!

ピカデリーの近くの、これは、、どこですか?自分でもわかっていない。



そしてその後に待っているのは私の書類課題、、、!うまくいくといいなあ!!ま、いかなかったらいかなかったで、他にも国はあるから!!




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2020年11月20日金曜日

速報!モルドバ共和国で新型コロナウイルスに関して本日政府が決定したこと

速報!モルドバ共和国の首都で新型コロナウイルスに関して本日政府が決定したこと


こんにちは、ぽんたです。

新型コロナウイルスのパンデミックはまだまだ続いているどころか、第2波がきているようですね。


ヨーロッパの各地でもロックダウンを決定しているようですが、


私が現在いるモルドバのキシナウは本日、外出時のマスク着用を決定しました。


あれ?弱い?


今日まで一体どのような状態で今日の決定によって何が変わったのかというと、


2020年11月20現在は、50人以上の人が集まるイベントや集会は禁止で


映画館もやっていないし、サーカスもショーはやっていません。(規模を縮小した運営チームは動いており練習場所は有料ですが普段より安く提供してもらっています。)



劇場は、広告が出ているのでやっているところもあるのかもしれませんが、ごめんなさいノーマークです。


あ、でもいつもお世話になっている衣装さんが10月に演劇か何かのプロジェクトの衣装を担当したと言っていたので、動いているところはあるみたいですね。


でも以前知り合った俳優さんがものすごいポリティックな方だったので、政府が劇場をプロパガンダとして使っていたりして、、、、とか勘ぐっています。(あくまでも個人的な予想)


カフェやレストランは入店時はマスク着用なものの、当然食べる時は外しますのでグレーゾーンな感じですし、、、


公共交通機関、及び屋内の商業施設ではマスクをしないと基本的に入れませんでした。

お外ではマスクなしでも歩けたんですね。


それが、公園でも十分なパーソナルスペースが取れる場所でも、お家でない限りマスクを着用しなければならない、となったわけです。


この決定が一体いつまで続くのかははっきりした記載が見つかりませんでした。


引き続き映画館やサーカス、50人以上人が集まることはできないようです。


医療キャパシティーは今の所ギリギリ耐えているようですが、事態が悪化すれば医療崩壊するようです。


にもかかわらず、ロックダウンを敢行しないのはモルドバ共和国に、そして国民にそれに耐えられる経済力がないからだそうです。


なので、外出時にマスクをすることで、国民に気を引き締めさせるというか、あ、ちょっと危ない時期なんだな、という認識をさせて


最終的には自己管理してね。というスタンスのようです。


いろいろな国がいろいろな措置を取る中で、何が正解で何が正義なのかわからなくなってきますよね。でも、これがモルドバの限界なのだと思います。


でもこれが一番バランスが取れている気もします。


ちなみに抜き打ちで警察やインスペクターがレストラン、店舗のチェックできるようになったらしいです。


モルドバ、キシナウにこの時期に観光にくる人はいないと思いますが、止むを得ずくる場合はマスク着用を忘れずに!


それではこの記事はこの辺で。





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2020年9月30日水曜日

ブラジルのフォルタレザからリオデジャネイロ経由、アムステルダム、フランクフルトまでの航空路。新型コロナウイルスが蔓延する中での私の移動体験談その2


こんにちは、ぽんたです。

まだまだ新型コロナウイルスによるパンデミックが治らない中、先日ブラジルはフォルタレザからモルドバのキシナウまで航空機を乗り継ぎに乗り継いで、最後はブカレストからバスに乗って帰ってまいりました。

その旅路の様子を幾つかの投稿に分けて記録したいと思います。コロナ禍での国境をまたいだ移動はお勧めはしませんが、止むを得ず移動する方々へちょっとでも参考になれば、と思います。





目次


フォルタレザの空港からリオデジャネイロ

まず、本来ならばフォルタレザからアムステルダムへ直接飛べるはずだったのですが、新型コロナウイルスのパンデミックに伴い航空路線が大幅に運転を見合わせているようで、


フォルタレザから一切のエアフランスの航空路線撤退しています。ちなみに他の国際線も我々が行った当初は全く動いている気配がありませんでした。


国際線チェックインカウンターはがらんとしておりました。


10月に再開する予定だそうですが、詳しい日時は知りません。そのため、我々は一度ブラジルの首都、リオデジャネイロへ飛ばなくてはいけなくなりました。


チェックインの際は、英語ができる係員に手助けしてもらいながら入念に書類の確認をされました。

ここでいう書類というのは、我々が行く先々で入国を許可されるかのチェックでして、我々を大いに助けたのは婚姻証明書でした。


あと、我々のフライトスケジュールはキシナウまで一気に乗り継ぐのではなく、フランクフルトで一旦荷物を受け取る、という特殊なものであったため、


最終目的地であるキシナウまで行く、という意思表示をする必要がありました。


キシナウに家があるんだ、ということと、印刷してあったもう間に合わないチケットを見せることで意思表示をすることができたと同時に、飛行機のチケットがキャンセルになったり変更になったりしてこっちも大変なんだアピールをすることもできました。


夫はモルドバ人ですが、同時にルーマニア国籍も保持しているのでEU圏に入るのには問題はありません。


ところが嫁の私は日本人でヨーロッパのいかなる国にも居住許可を持っておらず、モルドバの居住許可証も先月期限が切れてしまいました。


パンデミックの前は日本人はシェンゲン協定国に入る際ビザの取得が免除されておりここまで厳重にチェックされることはありませんでしたが、


パンデミックの最中の移動はそう簡単にはいきません。


不要不急の移動は入国拒否される可能性が無きにしも非ずなのです。


そのため、その国に入国するには何か強い理由が必要となります。


幸い、我々はモルドバでの居住許可証を申請することをきっかけに、正式に夫婦として書類を作っていました。


もともと、結婚なんてただの紙切れ、婚姻届を出そうが出すまいが2人は一緒にいるのだから特に変わりはない、というような考えの二人でありました。


ただ、国籍が違ったものですから、居住許可を取得したり今後違う国に移住などする際に証明できる紙があった方が良いだろう、となり結婚したのであります。


その紙切れが今回本当に役に立ちました。


家族であることを客観的に証明できる書類を作成することは結構大切なことなのだな、と感じました。


二人が結婚していることで、入国が確実に許可されると判断されフォルタレザでのチェックインカウンターにて無事に荷物を預け、チケットを受け取ることができました。



リオデジャネイロでの乗り継ぎでは、フォルタレザと違い寒さを感じました。フォルタレザからリオデジャネイロへは国内線でしたので、荷物は受け取らないまでも、街中を散策できる可能性はありました。


飛行機を降りて出口を出て国際線の乗り場に行く際、タクシーの運転手さんがいましたが


私はフランクフルトからキシナウまでのフライトの調整をしなければならなかったため、


それどころではない、と結局リオの街へは繰り出しませんでした。


空港は古く薄暗い印象を受けました。


お昼を食べて、パスポ−トコントロールでも時間がかかるかもしれない、と早めにゲートへ向かいました。
リオでのランチ。なかなか美味だった。



というのも、我々の滞在日数は当に90日間を過ぎており、オーバーステイにもほどがあったからです。


我々は、カランティンの最中に滞在日数が切れており、ショッピングセンターの中にある移民局へショッピングセンターが再開した際行き観光ビザを延長できるかを確認したところ、


パンデミックが終わったら延長できます、とのことでした。(ちなみに夫はルーマニアのパスポートなのですが、ルーマニアのパスポートを持ったモルドバ人は観光ビザを延長できないみたいでした。この点につきましては、パンデミックに助けられた形となっています。)


パンデミックの最中は滞在日数の数え方が特殊になっているようで


私が移民局で認識した限りではパンデミックが続く限りオーバーステイにはならない、ということでしたが、


パスポートコントロールの人が同じ認識をしているとは限らないので、早めにパスポートコントロールへ向かったのであります。


結局パスポートコントロールでは、我々二人分のパスポートを持って担当の人が一旦奥へ確認しに行き、戻ってきて何も言わずスタンプを押し、ゴーサインが出ました。


みなさんパンデミックのせいで飛行機がすったもんだしているのをご存知のようで、何も問題なく出ることができました。


我々より少し前にロシアへ出国した知人は、再びブラジルに戻ってくるときは保険に入っている必要がある、と言われたそうです。


ちなみにその知人はPCR検査をフォルタレザで受けてから出発したそうで、ロシア入国には必要なのかもしれません。


アムステルダムの空港にて


アムステルダムの空港では、ただのトランジットなのにもかかわらずパスポートコントロールを通らなければいけませんでした。



一番最初のEU加盟国なのでパスポートコントロールが必要なのかなぁ、と思ったのですが、その後のフランクフルト、ルーマニアでも同様でした。


やはりパンデミックの最中ではシェンゲン協定国内でも国境がある様子が伺えました。


そこでも、古いチケットを見せ、最終目的地はキシナウであることと、飛行機が飛ばなくてこの日程では飛んでいないことと、婚姻していることを婚姻証明書で示して突破することができました。


リオデジャネイロにて飛行機に搭乗する際に渡された紙があって、それはオランダに入る際に必要な用紙で、内容は、発熱、咳、くしゃみなどの有無、フライト番号と座席、名前、などを記入させられました。


でも結局その用紙はどこにも提出しませんでした。トランジットだったからですかね。


チェックする警察もパンデミックで混乱しているのを毎日見ているのでしょうか、やんわりとした雰囲気で良い旅路をなんてねぎらいの言葉までかけてくれました。


アムステルダムの空港は本当に快適で、新しい図書館のような雰囲気があり、仮眠がとれるサンベッドのようなものもたくさんあって、


我々はラウンジでもないのに2時間ほど仮眠がとれました。本当に助かりました。

完全なる防護服を着た乗客がちらほら。マスク着用義務以上のことがある国があるらしい。


さすがアムステルダム。まじかっこいい。the time is now for gender equality.ってわざわざ空港の壁に書けます?これぞオランダ。まじで惚れる。



フランクフルトの空港にて

機内で渡された用紙にまた記入させられました。今度はドイツに提出する用の用紙で、オランダ用のものよりもより多くの情報を書き込む必要がありました。


パスポートナンバーやフライト番号、座席番号に加え、緊急時の連絡先、住所などなど書かされました。


しかしこれもまた、特に提出することなく過ぎました。


フランクフルトの空港に着くと、またもやパスポートコントロールを通らなければなりませんでした。


そういえば、アムステルダムに入る時にパスポートコントロールを通りましたが、出るときは通りませんでした。



フランクフルトでのパスポートコントロールでも同じように古い航空券と最終目的地、婚姻届を提示するとすんなり通過できました。


今、確認したところ、アムステルダムで押されたスタンプには入国を示すスタンプ、フランクフルトで押されたスタンプは出国を示すスタンプがなぜか押されていました。なんでだろう、、、?


フランクフルトでは、かなり精神的に喰らいました。フランクフルトからキシナウまでの航空券をなんとかしなければならなかったからです。



連絡を取っていたルーマニアの航空会社taromによると、taromの落ち度でフライトが変更になったわけではないため、



tarom以外の航空会社の運行する便にフライトを変更することは不可能で、しかも、現在ルーマニアのブカレストからモルドバのキシナウへ飛行機は飛んでいない、ということがわかりました。


つまり、フランクフルトからブカレストまでは飛べるが、そこから先の便はない、10月の25日からしか飛ばない、ということが発覚しました。


この時私は、フランクフルト空港内にエアモルドバのトラベルエージェンシーが、あるに違いない、と根拠のない自信をまだ持っており、


5万弱払うことになってしまうが、乗り継ぎなしで1本で帰れる、とたかをくくっておりました。


そのため空港内をうろうろし、探し歩き回りましたが、フランクフルト空港を牛耳っているのはルフトハンザで、それ以外は複数の航空会社を取り扱うチケット代理店で、しかもエアモルドバを扱っている代理店は見当たりません。



試しに一つの代理店に尋ねてみると、ミンスク経由で10万円が一番安い、と言われ、


ミンスクなんて今の時期情勢的に乗り継ぎでも何が起こるかわからないし、まず、そんな値段の航空券、買えない、、、となりました。


次に私が考えた案は、エアモルドバのウェブサイトからカードでチケットを買うこと。


調べてみると、ありました、三日後。3日間、フランクフルトのどこか空港に近いホテルに滞在し、


三日後にダイレクトの飛行機に乗って帰る、という案です。


費用はかさみますが、フランクフルトの街もぶらっとできるだろうし、ちゃんとベッドで寝れるだろうし、仕方がないかぁ、、、と思いチケットを買おうとしました。


しかし、私の持っているクレジットカードのセキュリティシステムに引っかかり、買えませんでした。

今思えば、あの時買えなくてよかった、無駄な出費をしなくてよかった、と思えますが、



その時は最後の砦がなくなった、と途方にくれ、フォルタレザに1ヶ月残ってもう少し働いていればよかった、、、と本当に後悔しました。


エアフランスに電話した時に、急がないで、慌てないでtaromからの連絡を待ってすべての情報を整理してから考えればよかった、と深く後悔しました。


結局帰れた今は、ああ、あの時出発して逆によかったのかもしれないなーとか思えますが、


フランクフルトでのあの瞬間は、長旅の疲れもあるしどうしたら良いかわからず、本当に後悔してしょげてしまいました。


独身時代の私は多分数時間は立ち直れずにただただ途方にくれていた気がします。


ただ、今回は夫がそばにいたため、そしてずーっと横にちょこんといた夫が、傍で涙する嫁を見て、どうしたもんか、と頭を巡らせ、


実は最初に荷物が多くて無理だと消去したブカレストからバスでキシナウまで帰る案を再度選択肢に上げ、おそらくこれが今のベストの選択肢だと決断を下しました。



それを受け嫁はtaromへ翌日のブカレストまでのチケットの予約をしてもらえるようにメールをしたのであります。


ただ、営業時間がすでに過ぎていたため、返事は翌日、フライト予定日の当日になります。


祈るようにフランクフルトの空港のベンチでその日の夜を過ごし、翌日の日中も過ごしたのでありました。


そして、翌日のお昼頃、チケット取れたよ、と連絡が来て、その日の夜のフライトでブカレストへ向かったのでした。
フランクフルトの空港の虹。この時、ちゃんと家まで帰れる、と思った。




考察

この時期のフライトはキャンセルや変更になることが日常茶飯事のため、こまめにチェックすることが必要です。


乗り継ぎがある場合は分割しないでなるべく1回のオペレーションで最終目的地まで予約することが無難だと思いました。


そして、アエロビレットは使わない方が良いです。フライトの変更が多いこの時期チケットがパアになる可能性があります。



信用できる航空会社、および代理店からチケットを購入する必要があると思われます。


居住許可証を持たない国に観光目的で入るのは新型コロナウイルスのパンデミックの時期は非常に難しいと思います。


仕事や留学、配偶者の元へ行くなど、何か強い理由と、それを証明する手立てがない限り、トランジットでも入国を拒否される可能性があるのではないか、と感じました。


また、それを証明する書類を手荷物に持っておく必要があります。






2020年新型コロナウイルスが蔓延する最中の航空機での私の移動体験談まとめ

フランクフルトの空港に出た虹

こんにちは、ぽんたです。

まだまだ新型コロナウイルスによるパンデミックが治らない中、先日ブラジルはフォルタレザからモルドバのキシナウまで航空機を乗り継ぎに乗り継いで、最後はブカレストからバスに乗って帰ってまいりました。


その旅路の様子を幾つかの投稿に分けて記録したいと思います。コロナ禍での国境をまたいだ移動はお勧めはしませんが、止むを得ず移動する方々へちょっとでも参考になれば、と思います。


  1. 相次ぐフライトのキャンセルとすったもんだ。
  2. ブラジルのフォルタレザからリオデジャネイロ経由、アムステルダム、フランクフルトまでの航空路
  3. フランクフルトからブカレストまで航空路
  4. ブカレストからキシナウまでバス移動



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