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2022年1月8日土曜日

ロンドン生活手記シリーズ

 ロンドン生活手記シリーズ

ロンドンアイとその周辺の景色


すっかりブログ不精になった私の次なる作戦は、パソコンにつらつら書きためたものをこちらで紹介する作戦です。文体は、です、ます調ではなく、で、ある調で失礼いたします。

私がどのような目線でロンドンを、世間を見ているのか、ご興味のある方に覗いていただければ、と思います。





2022年1月6日木曜日

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より前編

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より前編

こんにちはぽんたです。

やはり、ブログの更新が滞っています。他のものに興味とエネルギーが移行していたのですが、それが少し戻ってきたのと、細々とでも続けられるような形を模索した結果、やはり日記というか、手記というか、自分が考えていることをつらつらパソコンに書きためて、それをここに転載する、という形で近い間はやってみようかな、と思っています。

そのため、文体はです、ます調ではなく、で、だ調になりますが、赤の他人の日記を覗いているつもりでご興味のある方に読んでいただけたら、と思っています。

それでは、2022年の1月6日の手記前編スタートです。(後編はこちらから)


セントポール大聖堂とクリスマスツリー




2022年1月6日


夫がロンドンに来て1年が経ち、私が本格的にロンドンに腰を据えて7ヶ月は経った。二人で生活をし始めてから2度目のショーの仕事のない年越し。


もう二人ではステージに上がることはないかもしれない。 ショーの仕事は彼にとって絶大なストレスだったらしい。


人前で恥をかきたくないのか、見栄っ張りなのか完璧主義なのかはわからないが、トライアル自転車はかなりデリケートであり、ブレーキの中の小さな輪っかのメタルに亀裂が入っただけでショーアクトが続行できなくなってしまう。


実際に数回ほどステージの上でそんな窮地に陥ったことがあり、途中でお辞儀をして引っ込んだことがある。




一方この私は、まだまだステージに上がりたい欲があり、いろいろと嗅ぎ回ってトレーニングも続けているが、このご時世と、自分の怠惰な部分もあってまだまだ良い機会にたどり着けてはいない。 


そうそう、先月あたり、とあるコンテンポラリーサーカスのオーディションに参加してみた。結果はダメだったけど、見た感じ、自分のレベルはそんなに悪くなさそうだった。


今回は残念だったけど、そもそもノルディック系のルックスを探しているところに書類とビデオ審査が通ったということもおかしな話で、まあ、ロンドンにこんな奴がいますよ、とご挨拶できて自分のバイブスを生で見てもらってグループワークでも同じ時間と空間をシェアできたので、とても良い機会をいただけたと思っている。



そして去年の暮れにもう一つ新しいこと、そうそれはホメオパシーのコンサルテーションを受けてみたこと。幸いなことにこっちで活動している日本人のホメオパスに出会い、色々話してレメディを処方していただいた。



レメディを処方していただく以外にも、腸内環境のことや免疫のことなどを説明してもらい、知人からシェアしてもらっていた情報と合わせてさらに自分の体のことをより近くマッピングできたような、点と点が繋がったような感覚になれた。

今までホメオパシーの家庭的なケアの本を自分で読んで適当に試してみていた自分が、なぜ今回コンサルテーションを受けるに至ったか、というと、メンタル面がどうにも自分で制御するのが困難になってしまったからである。


それまではかわせていた、気にしないで入られた、気づかないふりができていたことが、ロンドンの情勢も相まって、悲しみが抑えきれなくなってしまったのである。


電車に乗るのが辛くなって怖くなってしまい、せっかく友達になれそうだった人も一歩踏み出せなくなってしまうような、そんな状態に陥ってしまったので、誰か話がわかってくれそうな人に相談してみようと思ったのである。


ここでいうロンドンの状況とは、去年の7月19日以降取っ払っていたはずの顔を覆うあの忌々しい布の交通機関や店内での着用義務を政府が再び制定したこと。


それに伴い、何らかの理由があって着用していない、着用できない人に対して余計な目線、リアクションをする人が少なからず出てきたこと、店の対応、店員の塩対応、警察からの圧力などなど、直に肌で感じる圧力に私のメンタルは崩壊寸前となってしまった。


私は、自分の体をとても愛している。たとえこの世界がバーチャルで肉体はただのアバターであったとしても、やはりこの世を共に渡っていくベストパートナーであり、彼女が不快に感じることは何としても避けたい。


私の体があの布は息苦しくて嫌だ、ジメジメして気持ちが悪い、パンツ被っているみたいだ、汚らしい、というならば、私はそれを彼女に着用することを強要してはならない。



メンタルヘルスを崩すのは時間の問題であるため、自分の健康を守るためにあの忌々しい布切れは着用していなかった。まあ、どっちにしてもメンタルヘルスを崩してしまうのだけれど、、、。


イギリス政府のガイドラインにも書いてある。メンタルヘルス、身体機能に問題がある場合は着用しなくて良いと、そのために特別な医師の診断書も必要もないし、正式に何かを表示する義務もない、と。


政府のガイドラインはいたって良心的なものだった。しかし残念ながら巷の人間、警察はそんなガイドライン読んだことがないのだろう。


これはイギリス人を高く評価していた自分をだいぶ悲しませた。もちろん、多くは人間の身体、価値観は人それぞれ、私は私、あなたはあなた、個人の選択に基づいて行われるべきだ、という考え方で行動している、と私は感じているが、中にはやはり野暮な人間もいる。


ロンドンにもこんな恥ずかしい人間がいるんだなあ、と感じたと同時に、彼らの邪視の対象になってしまうことによってもさらにメンタルヘルスがやられてしまった。


そんなこんなでホメオパシーのコンサルテーションに申し込んで、そしてface covering exemptionのバッジもe-bayで購入した。


このバッジについては、そんなものつけなくてもこっちの人はわかってくれるだろう、と思っていたので手を出すのも馬鹿馬鹿しいと思っていたのだが、いよいよそんなことも言えなくなってきたので、落としてなくしても大丈夫なように幾つか購入した。


つけ始めると、あ、何か理由があってつけてないのだな、となるらしく、店員には優しく対応されるし、野暮な目線も受けなくなったし、ふむふむみんな目に見える印がないとわからない、想像力に欠ける人たちが多かったのだなぁ、と気がついた。


少し、イギリスにいる人たちをかいかぶっていたようだ。

それでもここは、おそらく他の国と比べて色々と良心的な抜け道が用意されているように思う。今のところ。


ここへ私を連れて来てくれた夫には本当に感謝している。


そして、そのバッジをつけ始めて少し考えが改まってきたことは、あ、そうか、この風邪をすごく怖がっている人も中にはいて、そういう人たちと平和的に同じ空間を共有するには、なるほど、このバッジは親切なものかもしれないなぁ、、、ということ。


あとは、何より、自分を嫌な物事から守ってあげるために、とても役に立っているなあ、、、ということ。目にわかる感じで、意思表示(理由表示?的なもの?)をすることは、時には役に立つのかなぁ。もう、自分はこうっす!ってやると、あ、そうなのね!って。


まあ、ちゃんとそういうのをシンプルに受け止めてくれるお国柄なのは、さすがだよね。


お読みいただきありがとうございました。後編へ続きます。今日はこの辺で失礼します。

後編へ⇨


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2021年6月13日日曜日

追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。シリーズまとめ

この投稿では「追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。」シリーズの記事がまとめてあります。



追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。その1、「2021年3月初旬、プランでミック最中でのイギリスから日本への渡航」

追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。その1、「2021年3月初旬、プランでミック最中でのイギリスから日本への渡航」

飛行機から見たガイア


こんにちは、ぽんたです。
ブログを更新する気力がなかなかなく、だいぶ滞らせましたが、本日よりぼちぼち再開していきたいと思います。

今回追憶日記シリーズとして、2021年新型コロナウイルスのプランデミック最中での3月の初旬の日本への帰国、EU settlement scheame family permitを申請し、それを待ち、受け取り、イギリスへ再び入国するまでの一連の流れをかいつまみながら振り返ってみたいと思います。

ご興味のある方へ興味深い内容にできたら良いな、と思います。

これより以下は追億日記のため、ですます調は省略させていただき、私のつぶやきの連続のような形式でつらつらと書かせていただきます。



2021年2月の下旬、ロンドンでのとあるシェアフラットの牢屋サイズの部屋にて。

夫のEU settlement scheame(pre settled status)がEメールでやっと届いた。(これにたどり着くまでに約3ヶ月、夫は首を長くして待った。)

夫は、これで5年は英国に住み続けられるぞ、とやっと確信し、私が日本へ行って私に必要な査証を申請する手続きへのゴーサインが出た。


これに関しては、夫がその書類を申請した時に同時に申請することもできたし、日本に行かなくても例えばモルドバでも申請することができた。

ただ、EU settlement scheameは英国内で申請すべきものであるのに対し、そのfamily permitは英国の外から申請・受理しなければならない。


なぜそもそもそんなすったもんだをしなければならなくなったかというと、英国がEUを離脱する、と踏ん切りをつけたからだ。


今まではEUパスポート保持者は英国でも自由に住めて自由に仕事ができた。逆にイギリス人が他のEU諸国で働きたい場合もしかり。3ヶ月以上の滞在は住所登録はしなければならなかったかもしれないが、それでも英国に住もうとするのに敷居はそこまで高くなかったであろう。


しかし、英国はとうとう決めた、2020年12月31日移行は俺たちはEUではない、と。

そして、2020年12月31日までに英国に来て居住し始めたEU出身の人々へ対して、2021年6月30日までにEU settlement scheame(pre settled status)を申請、登録するように定めた。

(このことを友人から聞いた夫は、2020年の11月末、僕はロンドンに住みたい、と言い出した。僕にはあと1ヶ月しかチャンスはない、と。その時私はまだモルドバの居住許可を申請したばかりで、それをとりあえず待たなければならなかったため、じゃあお前先に飛んで仕事と部屋を見つけて来い、と送り出した。そうして彼はロンドンに滑り込みセーフをしたわけである。)

ロンドンでも桜を愛でることができた。


そしてその家族に対しても、もし彼らが英国に住んでいなかったとしても、英国の外から2021年6月30日までにfamily permitを申請するように定めた。


4月以降にそれを提げて入国した家族たちは、4ヶ月以内にEU settlement scheameを申請する必要があるらしい。(私は不安だったのですでに申請した。)


上記の通り、私は私の英語の解釈があっているのか定かではなく不安であったため、6月末までに再び英国へ入国しEU settlement scheameを申請し終えることを目標にした。


今の時期、嫌が応にも渡航後の自主隔離期間がスケジュールに入ってくる。それが明けてからでないと指紋を採ってパスポートを提出しにいけない。そしてパスポートに許可証が貼られて戻ってくるまでの期間、どれくらいか検討がつかない。


体感的には3月の初旬までに日本に入国できればギリギリ間に合うだろう、という感じであった。

なぜ、モルドバでもできるのに、渡航費用をわざわざかけて日本での申請を決意したのか、というと、なんとなく、そっちの方が体の感覚が心地よかったからだ。


頭で考えると、モルドバの方がよかったかもしれない。渡航費、末日数、どれも節約できたであろう。


でも、夫のいないモルドバなんて、申し訳ないが、いる価値が私には全くもって見えない。


薬漬けの隣人、妄想症の姑、アル中の姑の彼氏を避けながら、シャワーのないろくにお湯が出ない埃まみれの部屋でひっそりと息を潜めて時を待つ、、、のはもう十分だ。そんな場所には戻りたくない。


というわけで、意を決して日本への渡航を決めた。


日本へ行く前に、準備をしなければならないことがあった。pcr検査だ。渡航日の三日前以降に受けた新型コロナウイルスの陰性証明書を取得する必要がある。

ヤギでもビールでも要請を示す、あのpcr検査だ。


uk home officeのサイトでわかりにくく紹介されていた検査機関のうち、行きやすくて少し値段の安いところへ申し込み、受けてきた。申し込む際はパスポートの情報が必要だった。試験会場に行く時もパスポートを持参しなければならない。


値段が安い、と言っても、クソ高い。しかも行ったらセルフサービスだ。自分で綿棒を花に突っ込み、のどちんこへ突っ込む。受付にお姉さんが1人座っているだけの、イベント会場を借りて作られた即席検査会場。超良いビジネスやってますね。それで3万円弱とるんですかこのインチキなキットに。たいそうなご身分ですね。


20秒、誰が自分の鼻の奥に突っ込もうか、綿棒を。当然チェックする人などいないからペッペッペーと終わらせる。そんな不快なことを自分の身体にするわけがない。綿棒の先に何が付いてるかもわからないからね。


モルドバでは重装備で人がやっていた。しかも値段は5千円くらいだった。まだその時はあ、何か蔓延しているんだな、と思っていたがこれでは確信に変わるものがある。


あ、みんな蔓延しているふりしてるんだ。。。あ、ここの人たちはそれに気づいてハイハイお金払えばいいんでしょ、、、と付き合っているのか。


結果は翌日eメールで届いた。結果は陰性だった。誰にも会ってないのだから当たり前なのだが、これに関してはいつも少しドキドキする。


英国では電子メールの事をviaメールという。これを知らなかったため、私は結果が紙面でポストに投函されるのかと思っていたが違かった。


その日の気温は14度だった。モルドバでマイナス気温で冬を過ごしていた私は、てっきり14度は割と暖かく、きっと春ぐらいだろうと思い、春ぐらいの格好をして検査会場に行った。


ところがどっこい。14度はまだまだ寒かった。カタカタ震えながら帰路に着いたが、バスの中では半袖半ズボンの少年を見かけるし、短パンで皮膚を真っ赤にしながら自転車をこぐ殿方はいるわで、ロンドンでは割と皆さん薄着普通のご様子。


夫は、モルドバでは子供に冬場ニット帽を被せるように親が気を使うが、ロンドンではそれが全くない、と少し批判ぶったことを言っていたことがある。


そんなこんなで陰性証明書を携帯に保存し、

(つい最近、紙面ではないと強制送還されたらしいとか、というニュースが出てきた。ガチで引いた。日本、大丈夫か?と思った。今時紙を要求するなんて。。。私も時間に余裕があるときはその方が相手にも見やすいから一応紙にするけど、ギリギリに結果が来る場合もある。日本は書式を指定しているので、たいていの場合日本政府側が必要な情報はどこの検査機関でもクリアできているけど、これから飛ぶなら確認した方が良さそうだ。)


いざ空港へ!!

カウンターでは陰性証明書をちゃんと持っているか確認して、大丈夫という判断がなされたらチェックイン荷物を預けて出発する。


私が飛んだ時の日本の厚生労働省かなんかの決定では、英国からの入国は3日間の指定のホテルでの待機、その後、残りの日数を自主隔離、計14日間の自主隔離期間を定めていた。

だいぶ、この日数は人権侵害に関わってくるだろう。それでも仕方がない。もう行くしかない。

ちなみに日数の数え方は、到着した次の日から1日目、と数える。15日目から外出していいよ、ということだ。


飛行機に搭乗するとき、係りの人に松果体にレーザービームを当てられた。このときふざけんなぶっ飛ばしてやろうか、とは言ってはいけない。


ブラジルのフォルタレザでは、早々におでこにあの拳銃型の熱を測る機械を当てるのはなくなった。みんな腕で測るようになった。


そりゃそうだろう、あのポーズは強盗か人殺しか処刑人しかやらない。治安の悪いフォルタレザの人たちはきっと多くの人がストレスを感じるだろう。トラウマがある人だっているだろうし、かなり屈辱を受けるポーズだ。身の危険を感じる。


それをこの航空チームはまだやっていた。カタール航空だったか。ま、のちに日本でも散々やられるようになり、最終的にぶちぎれたように腕にやってくれ松果体が傷つく、というようになったが。

だって1回腕にお願いしますって言っただけだと食い下がってきたから。リラックスしたくて行ったのに、神経を逆なでられ、2度と行かないと誓った。ま、日本にいないけど。


どこが傷つく云々より、拳銃型のものをおでこに突きつけられて何も言わないでいられる感覚がわからないし、お客さんのおでこに拳銃型のものを平気で突きつけられる店員の感覚もわからない。ふざけんじゃねえっていつも抑えるのに必死だった。


京都では、観光客がきっとあの町を育ててくれているところもあるのかもしれなく、ちゃんと腕で測ってたな。厄介なのは、スマフォみたいな奴で測ってくるやつだが、もうそれくらいでは私の松果体は負けないと信じて行きたいお店に入っていくしかない。お店の人も、そうじゃないと営業させてもらえないのかもしれない。ブチ切れてごめんね。


さて、私はお肉を食べないことにしている。

(youtubeでオススメじみたことをしておいてなんだが、こればかりはほんと個人差。体や魂に問いかけながら進んでいかないと、貧血になったりする。私はお肉を食べなくしたら3年ほど続いたある部分の不調が治ったので継続中。いずれにせよお肉の質は気にした方が良いと思う。)




そのため、事前にチケット予約後電話して機内食をベジタリアン食に指定しておいた。指定の仕方は各航空会社のホームページでどのようなメニューがあるかを確認して自分が食べれるメニューの名前を把握し連絡するだけ。ただ、添加物に関しては融通が利かない。

カタール航空のベジタリアン機内食

このいろいろ面倒な時期に長距離渡航する人は少ないため、私は日本にくるときカタール経由の飛行機で来たが、乗り継ぎ前も、乗り継ぎ後の飛行機もエコノミー3列貸切。

全ての肘掛をあげてねそべることができたので、長距離フライトにしては人生初のそこまで疲労感がない渡航となった。

カタール空港でのお世辞にも可愛いとは言えないクマ





次回は日本に着陸してから、3日間の指定場所での待機について振り返れたらと思っています。

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2021年2月9日火曜日

2021年新型コロナパンデミック最中での海外移動した記録〜モルドバからイギリスへ〜

2021年新型コロナパンデミック最中での海外移動した記録〜モルドバからイギリスへ〜


こんにちは、ぽんたです。


なかなか良いインターネット環境にありつけず、更新できずにいました。
実は、2020年の11月末に夫がイギリスに住みたい、ブレグジットしちゃうから僕のチャンスは今年いっぱいだ、と言い出し、



既にモルドバで居住許可証の発行待ちだった私はすぐには飛べないので、とりあえず先に夫を
英国に飛ばし、初めての仕事がない年末年始を離れ離れで過ごしたのち、今は私も夫の元へきております。



この記事では、コロナ禍での国際線での移動について記録してあります。

タワーブリッジ


目次




どこからどこへ飛んだ?

モルドバのキシナウからイギリスのロンドンへ飛びました。2021年の1月18日のことです。


英国入国に要求された書類

コロナウイルの検査が陰性であることの証明書と、オンラインで記入するpassanger locator formです。


詳しくは英国の公式サイトgov.ukをご参照ください。コロナ禍でのイギリス入国についてはここにリンクを貼っておきます。


新型コロナウイルスの状況に応じて頻繁に情報が変わるので渡航を予定されている方はこまめにチェックすることをお勧めします。

書類1新型コロナウイルス検査陰性証明書について

これはいわゆるpcr検査で、私の時は出発予定時間の72時間前からの検査結果が有効とのことでした。



つまり出発予定時間より72時間以上前に検査したものは有効ではないため、検査を予約する際はよく計算して行いました。土曜日もやってくれている検査機関だったので助かりました。



今では三日前からの検査結果に変わっていました。→英国入国の際に必要な書類が書いてあるページへ飛ぶ(英語)



私はキシナウ市の検査してくれるinvitroというところに予約して検査をしてもらいました。その日の夕方にはメールで結果を送ってくれましたし、私はちゃんとした用紙でもらいたかったので翌日その用紙を取りに行きました。



書類は英語で作成してもらいました。去年の10月にモルドバからルーマニアに移動した時もそうでしたが、陰性であるととてもほっとします。こんだけ人に会ってないし、症状もないから陰性である自信はあるんですけど、結構ドキドキします。




陽性だと飛行機乗れませんからね。ちなみにこの陰性であることの証明ができないと罰金500ポンド課せられる可能性があります。

書類2passanger locator formについて

これは、イギリスの公式サイトgov.ukfill in your passanger locator formからオンラインで記入するものです。ちなみに英語です。



今私がこの記事を書いている時点では英国入国後は10日間の自主隔離が義務付けられていて、その10日間の滞在先の電話番号や住所を記入し、英国側が入国者から万が一陽性者が出た場合などの追跡調査やちゃんと自主隔離しているかのチェックに使われる模様です。



記入し終わると、私は嘘偽りなく書きました、そして10日間ちゃんと自主隔離します、と宣誓するページがあって、最終的にバーコードのあるページへ行き着きます。それをダウンロードして、スマホに保存しておくか、私の場合はプリントアウトして向かいました。

出国、入国の流れ

出国の際は、航空会社がカウンターで乗客が必要な書類を持っているか確認します。携帯電話にすべての書類を保存して画面上で見せている乗客もいましたし、私は不安だったのでちゃんとすべての書類を紙面上で提示しました。



私はモルドバの居住許可証もありましたので、何も特に別に尋ねられることはなく出国しました。



英国につき、モルドバではぎゅうぎゅうになって出国してきた我々は英国の空港では警察官が飛行機から降りて空港の建物に入った途端ソーシャルディスタンスを厳しく促し、マスク着用を厳しくチェックしていました。



威厳のある英国ポリスに感心しながら促された列に並んで待って、入国審査の前に警察官からpcr検査の陰性を証明する証明書とpassanger locator formのバーコードのあるページをチェックされました。確かパスポートもチェックされたかな、、、。そこはうろ覚えです。



結構ジロジロ書類を観察されて、無事にその関門を突破し次はいよいよ入国審査です。



日本のパスポートの場合はEパスポートのゲートへ促されます。私の旅券はちょうど更新まで1年を切っていたので少し古いせいか、サポートカウンターへ通されました。



そこで私はどのくらいの期間滞在するか、婚姻証明書を見せて英国にいる夫の元へいくこと、夫は自営業者であることなどを説明して、大丈夫そう、と判断され入国することができました。



パスポートの更新もあるし、記念にもなるし、入国スタンプが欲しかったのですが、あなたには入国スタンプはない、と断られてしまいました。でも、在英日本大使館でパスポートの更新の申請はできました。



それに関してはこちらの記事を作成しました。↓

入国後

入国後は、入国した次の日から数えて10日間の自主隔離をせねばなりませんでした。当局からの連絡は登録した夫の電話番号へ1通のSMSが自主隔離1日目にポツンときたきり、電話もなければ自宅訪問の確認もありませんでした。



ですが、万が一チェックされることを恐れてちゃんと家にこもっていました。ワイファイがなかったので結構きつかったですが、絵を描いたりコントーションのトレーニングをしたり、瞑想したりして過ごしました。



自主隔離が明けても、英国はまだまだロックダウン中で日用品のお店しか開いていません。ですがサイクリングしたりお散歩したりして街中をちょいちょい見て過ごしています。



夫のEU出身者向けの書類も、仕事もロックダウンだからなのか、ものすごい人数が一度にワッと申請したのかわかりませんがまだ届かず、、、、うまくいくといいなあ!!

ピカデリーの近くの、これは、、どこですか?自分でもわかっていない。



そしてその後に待っているのは私の書類課題、、、!うまくいくといいなあ!!ま、いかなかったらいかなかったで、他にも国はあるから!!




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2020年11月20日金曜日

速報!モルドバ共和国で新型コロナウイルスに関して本日政府が決定したこと

速報!モルドバ共和国の首都で新型コロナウイルスに関して本日政府が決定したこと


こんにちは、ぽんたです。

新型コロナウイルスのパンデミックはまだまだ続いているどころか、第2波がきているようですね。


ヨーロッパの各地でもロックダウンを決定しているようですが、


私が現在いるモルドバのキシナウは本日、外出時のマスク着用を決定しました。


あれ?弱い?


今日まで一体どのような状態で今日の決定によって何が変わったのかというと、


2020年11月20現在は、50人以上の人が集まるイベントや集会は禁止で


映画館もやっていないし、サーカスもショーはやっていません。(規模を縮小した運営チームは動いており練習場所は有料ですが普段より安く提供してもらっています。)



劇場は、広告が出ているのでやっているところもあるのかもしれませんが、ごめんなさいノーマークです。


あ、でもいつもお世話になっている衣装さんが10月に演劇か何かのプロジェクトの衣装を担当したと言っていたので、動いているところはあるみたいですね。


でも以前知り合った俳優さんがものすごいポリティックな方だったので、政府が劇場をプロパガンダとして使っていたりして、、、、とか勘ぐっています。(あくまでも個人的な予想)


カフェやレストランは入店時はマスク着用なものの、当然食べる時は外しますのでグレーゾーンな感じですし、、、


公共交通機関、及び屋内の商業施設ではマスクをしないと基本的に入れませんでした。

お外ではマスクなしでも歩けたんですね。


それが、公園でも十分なパーソナルスペースが取れる場所でも、お家でない限りマスクを着用しなければならない、となったわけです。


この決定が一体いつまで続くのかははっきりした記載が見つかりませんでした。


引き続き映画館やサーカス、50人以上人が集まることはできないようです。


医療キャパシティーは今の所ギリギリ耐えているようですが、事態が悪化すれば医療崩壊するようです。


にもかかわらず、ロックダウンを敢行しないのはモルドバ共和国に、そして国民にそれに耐えられる経済力がないからだそうです。


なので、外出時にマスクをすることで、国民に気を引き締めさせるというか、あ、ちょっと危ない時期なんだな、という認識をさせて


最終的には自己管理してね。というスタンスのようです。


いろいろな国がいろいろな措置を取る中で、何が正解で何が正義なのかわからなくなってきますよね。でも、これがモルドバの限界なのだと思います。


でもこれが一番バランスが取れている気もします。


ちなみに抜き打ちで警察やインスペクターがレストラン、店舗のチェックできるようになったらしいです。


モルドバ、キシナウにこの時期に観光にくる人はいないと思いますが、止むを得ずくる場合はマスク着用を忘れずに!


それではこの記事はこの辺で。





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2020年10月5日月曜日

ブカレストからキシナウまでバス移動。新型コロナウイルスが蔓延する最中の航空機での私の移動体験談その4(最終弾)


こんにちは、ぽんたです。

まだまだ新型コロナウイルスによるパンデミックが治らない中、先日ブラジルはフォルタレザからモルドバのキシナウまで航空機を乗り継ぎに乗り継いで、最後はブカレストからバスに乗って帰ってまいりました。

その旅路の様子を幾つかの投稿に分けて記録したいと思います。コロナ禍での国境をまたいだ移動はお勧めはしませんが、止むを得ず移動する方々へちょっとでも参考になれば、と思います。


その2はこちらから↩︎




前回すでに書いたように、パスポートコントロールを無事に通過して、荷物も無事に受け取り、出口から出るとバス停がありました。

さて、我々はここからバスに乗ってモルドバのキシナウまでたどり着かなくてはなりません。

フランクフルトでワイファイがあるときにちらっとリサーチした情報では、どこかの駅からキシナウ行きのバスが2時間おきに出ていて、


しかもそのバスは空港を通る、とのことでした。


そして、夫のお母さんによると、ブカレストの出口にはキシナウ行きのバスを案内するおじさんがいるという情報も。


しかし、実際に出口を出ても誰もキシナウ行きのバスを案内しているような人は見当たりません。


着いたのが夜中だったからかもしれません。


とりあえず、路線バスの運転手さんに聞くと、この時間はバスを乗り継いでガラ・デ・ノルド(北駅)にいく必要がある、とのことでした。


日中は一本で行けるみたいですが、我々が着いた時間にはその一本で行けるバスは終わっていたのです。


我々は、大荷物を引っ越し作業のように路線バスに積んでガラ・デ・ノルド(北駅)を目指し移動を開始しました。


それまでの道のりは嫁が引っ張っていましたが、夫はルーマニア語が話せるので、ルーマニアでの移動は夫が先陣を切る形となり、嫁はもう長い道のりでスイッチが切れているのでちょうどよかったです。


ブカレストの人は、かなり親切で、我々が外国人でどこで乗り換えれば良いかそわそわしていることをちゃんと見ていて(夫はルーマニア語で道を尋ねることはできてもその答えをきちんと覚えていることが稀。)


ほらここで降りて反対側に渡って何番に乗るんだよ!と何人もの人が一斉に教えてくれ、荷物を下ろすのまで手伝ってくれました。


ルーマニアは、EUの中ではそこまで経済的に発展しておらず、西側に出稼ぎに行くような国ではありますが、


こういった人情に触れると、文化水準と経済が非常に良いバランスで存在している国なのではないか、と感じます。


ホスピタリティというか、、、そこらへんはトルコに似ている。


少しくらいお節介な人が多い方が、私は好きです。


さて、乗り換えですがちょうど目的の番号のバスが通り過ぎた後にたどり着いたのでだいぶ見知らぬ土地のバス停で待たなければなりませんでした。


すでに午前1時は回っていましたからね。そんな時間まで逆に運行しているバスがあることにも驚きです。


待っても待ってもなかなかバスが来ず、とうとう空港で行き方を教えてくれたバスの運転手さんが、彼の運行するバスで通りすがり、わざわざ止まって大丈夫か尋ねてくれました。


その運転手さんは、次は目的のバスは40分後くらいにくるし寒いから自分のバスに乗ってけば?と誘ってくれましたが、夫はここまで待ったから待ちます、と答え、そのまま別れました。



確かにそのバスに乗ったところで余計にややこしくなりそうですものね。


そして、それから40分もかからず目的のバスが現れなんとかガラ・デ・ノルド(北駅)にたどり着くことができました。

ガラ・デ・ノルデ(北駅)そしてアウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)にて


さて、ガラ・デ・ノルド(北駅)に着いたは良いものの、そこにはバスターミナルはなく、鉄道の駅でした。そのことがわかるのに少し時間がかかりましたが、、、



ガラ・デ・ノルド



わかった情報は、チケット売り場は午前4時から開くこと、駅の近くのロータリー的なところに午前4時くらいからバスの運転手さんが集まり始めることなどなど


しまいにはタクシーの客引きにキシナウ行きのバスは空港からしかでないから空港まで乗せてってやるだとか、空港まで行ってバスがなかったら払わなくていいだとか

よくわからない話を持ってこられ、


今はとりあえず大丈夫だと断ると、警備隊のようなものを装ったそのタクシーの客引きのグルっぽいおばさんに、ここに何しに来たんだ、バスは空港からしか出ないよ、と言われ、


周りにはジプシーと思われる家族、アルコール中毒っぽいおじさんがちらほら、麻薬の取引をするかのようなグループ、プラットホームを横切るドブネズミ、、、。


早く、夜よ明けよーーーー!!!と思いながら夫を情報収集に行かせ荷物番。



結局飛んでたフリーワイファイから、インターネットで検索。どうもこの駅からは出てないらしい、、、となり、


キシナウからのバスを検索すると全部アウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)からってなってる、、、となり、


なんで最初に空港で聞いた時、ここに案内されたんだろう、、、という疑問を抱きつつ、最初からインターネットで細かく調べておけばよかった、調べさせておけばよかった、私の指示だしミスだわ、などと反省もしつつ


もうこうなってしまったのだから仕方がない、と


そのバスターミナルへ行くバスが駅の裏から出ている、とのことだったのでえっちらおっちら再び移動。


バス停に着くもバスの始発が何時かわからない。


あ、タクシーが信号待ちしている、、、アウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)までいくらですか? 25レイ、、、手持ちある、、、お願いしま〜す。


といった感じでタクシーでアウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)まで行きました。
入り口は、小さい。

中は、、がらんとしていた、、、



はい、これでやっとキシナウ行きのバスにありつける、、、、!!と期待するも、


バスターミナルには誰もおらず、、、というのも午前5時。


誰もいない、、、(と思いきやホームレス氏が寝ていた)

しかも絶賛コロナウイルスパンデミック中。。。


奥の方にいたタクシー運転手に話を聞くと、キシナウ行きのバスは8時にあるが、乗客が少なかったら運行せず、残りは午後1時のみだ、ということ。


全然2時間おきに出てない!!


やはりコロナウイルスによる影響はデカすぎる。。。


とりあえず待つしかないのでベンチに座って夫の膝に横倒しになった嫁は1時間くらい気を失ったように寝てしまい。


その間、夫はちゃんと起きていて荷物番をしており、


さすがに夫も疲れているだろうと、起きてからは今度は私の膝に横倒しにしてやり


ちょっと一休み。


朝、8時近くになっても結局運転手は来ず、出勤してきたチケット売りのおばちゃんに聞くとやはりキシナウ行きのバスは午後1時のみだという。


大荷物のぐったりしているアジア人とモルドバ人の若者におばちゃんは気を使ってくれて、荷物チケットオフィスにおいていいから、朝ごはん食べてきなよ、裏に美しい公園があるから散歩でもしてきなよ、と言ってくれました。


ああ、久しぶりに触れた人情、、、!ルーマニアなんか気に行ってきたぞ!!となり、


それでも重い腰がなかなか上がらず、行こう行こうなんて言ってるうちに1時間くらい経っており、そうこうしているうちに


一仕事してきた朝に会ったタクシーのおじさんから、10時にキシナウへのバス出るってよ!と情報が入り


続いてチケット売り場のおばちゃんにも、10時にバス出るってよよかったじゃない!と言われ


運良く?朝10時のバスでキシナウに向かうことができたのであります。


支払いは、運転手さんに直接。我々はユーロで交渉し、2人と大荷物で60ユーロ支払いました。


アウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)でのトイレは、チケット売り場のおばちゃんに2レイだったか1レイだったかを払って鍵をもらって、用を足したら鍵を閉めて返す、というスタイルでした。


でもこれは、この時期ならではなのかもしれません。




国境にて


ルーマニアから出る時のパスポートコントロールでは案の定特に何も要求されず、空港で書かされた紙はまだ私の手元にあります。


モルドバに入る時のパスポートコントロールでは婚姻証明書を提示して何の問題もなく通過できました。


ただ、夫の荷物の自転車は調べられました。モルドバの陸路のパスポートコントロールは盗まれたものがよく入ってくるためか、はたまた彼らのポケットを膨らませるチャンスを狙っているためかわかりませんが


自転車を持ち込むときは大変厳しいです。自分のものであるということを証明できるように登録してあれば良いのですが、


夫の自転車は競技スポーツのもので、道路の移動用ではないし、フレームも複数あるし、車輪も複数あるし、何をどこへどう登録すれば良いのか実質難しいところがあります。



あ、モルドバに入る時に、バスの運転手さんから渡された用紙に、発熱の有無やどこの国からトランジットしてきたかなど結構細かく書かされ、そしてその紙を提出しました。


よく、入国してから14日間は自宅隔離をしなければいけないとどの国でもされていますが、私たちがモルドバに入った時、そのような文言はその用紙にはなく、また誓約文も書かされていないないので、


入国した次の日から街をうろついています。もうそういう措置を取っていた時期は過ぎたのかな、と解釈しております。


街中でも、取り締まることはやっていません。


ルーマニアのバスからの風景

ルーマニアのバスからの風景2


ルーマニアのバスからの風景3


姑さんが用意してくれたおかえり夕食


終わりに

はい、4回にわたって今回の旅路を書いてみました。思い返してももう2度と歩みたくない旅路でございます。


後々良い思い出になるんでしょうけれども。


新型コロナウイルスのパンデミックが収まっていない間は、海外への渡航はお勧めしません。


非常に飛行機やバスの運行が混乱しているからです。


そもそも、ブラジルがやはりめちゃくちゃ遠かったんです。笑。


モルドバのキシナウでは、再びバザールが閉鎖してました。


何しろ目に見えないものなので実感はないのですが、まだまだ気を抜いてはいけない時期なんだろうなあ、と今日閉鎖されたバザールの横を通り過ぎながら思いました。


その2はこちらから↩︎

2020年9月30日水曜日

ブラジルのフォルタレザからリオデジャネイロ経由、アムステルダム、フランクフルトまでの航空路。新型コロナウイルスが蔓延する中での私の移動体験談その2


こんにちは、ぽんたです。

まだまだ新型コロナウイルスによるパンデミックが治らない中、先日ブラジルはフォルタレザからモルドバのキシナウまで航空機を乗り継ぎに乗り継いで、最後はブカレストからバスに乗って帰ってまいりました。

その旅路の様子を幾つかの投稿に分けて記録したいと思います。コロナ禍での国境をまたいだ移動はお勧めはしませんが、止むを得ず移動する方々へちょっとでも参考になれば、と思います。





目次


フォルタレザの空港からリオデジャネイロ

まず、本来ならばフォルタレザからアムステルダムへ直接飛べるはずだったのですが、新型コロナウイルスのパンデミックに伴い航空路線が大幅に運転を見合わせているようで、


フォルタレザから一切のエアフランスの航空路線撤退しています。ちなみに他の国際線も我々が行った当初は全く動いている気配がありませんでした。


国際線チェックインカウンターはがらんとしておりました。


10月に再開する予定だそうですが、詳しい日時は知りません。そのため、我々は一度ブラジルの首都、リオデジャネイロへ飛ばなくてはいけなくなりました。


チェックインの際は、英語ができる係員に手助けしてもらいながら入念に書類の確認をされました。

ここでいう書類というのは、我々が行く先々で入国を許可されるかのチェックでして、我々を大いに助けたのは婚姻証明書でした。


あと、我々のフライトスケジュールはキシナウまで一気に乗り継ぐのではなく、フランクフルトで一旦荷物を受け取る、という特殊なものであったため、


最終目的地であるキシナウまで行く、という意思表示をする必要がありました。


キシナウに家があるんだ、ということと、印刷してあったもう間に合わないチケットを見せることで意思表示をすることができたと同時に、飛行機のチケットがキャンセルになったり変更になったりしてこっちも大変なんだアピールをすることもできました。


夫はモルドバ人ですが、同時にルーマニア国籍も保持しているのでEU圏に入るのには問題はありません。


ところが嫁の私は日本人でヨーロッパのいかなる国にも居住許可を持っておらず、モルドバの居住許可証も先月期限が切れてしまいました。


パンデミックの前は日本人はシェンゲン協定国に入る際ビザの取得が免除されておりここまで厳重にチェックされることはありませんでしたが、


パンデミックの最中の移動はそう簡単にはいきません。


不要不急の移動は入国拒否される可能性が無きにしも非ずなのです。


そのため、その国に入国するには何か強い理由が必要となります。


幸い、我々はモルドバでの居住許可証を申請することをきっかけに、正式に夫婦として書類を作っていました。


もともと、結婚なんてただの紙切れ、婚姻届を出そうが出すまいが2人は一緒にいるのだから特に変わりはない、というような考えの二人でありました。


ただ、国籍が違ったものですから、居住許可を取得したり今後違う国に移住などする際に証明できる紙があった方が良いだろう、となり結婚したのであります。


その紙切れが今回本当に役に立ちました。


家族であることを客観的に証明できる書類を作成することは結構大切なことなのだな、と感じました。


二人が結婚していることで、入国が確実に許可されると判断されフォルタレザでのチェックインカウンターにて無事に荷物を預け、チケットを受け取ることができました。



リオデジャネイロでの乗り継ぎでは、フォルタレザと違い寒さを感じました。フォルタレザからリオデジャネイロへは国内線でしたので、荷物は受け取らないまでも、街中を散策できる可能性はありました。


飛行機を降りて出口を出て国際線の乗り場に行く際、タクシーの運転手さんがいましたが


私はフランクフルトからキシナウまでのフライトの調整をしなければならなかったため、


それどころではない、と結局リオの街へは繰り出しませんでした。


空港は古く薄暗い印象を受けました。


お昼を食べて、パスポ−トコントロールでも時間がかかるかもしれない、と早めにゲートへ向かいました。
リオでのランチ。なかなか美味だった。



というのも、我々の滞在日数は当に90日間を過ぎており、オーバーステイにもほどがあったからです。


我々は、カランティンの最中に滞在日数が切れており、ショッピングセンターの中にある移民局へショッピングセンターが再開した際行き観光ビザを延長できるかを確認したところ、


パンデミックが終わったら延長できます、とのことでした。(ちなみに夫はルーマニアのパスポートなのですが、ルーマニアのパスポートを持ったモルドバ人は観光ビザを延長できないみたいでした。この点につきましては、パンデミックに助けられた形となっています。)


パンデミックの最中は滞在日数の数え方が特殊になっているようで


私が移民局で認識した限りではパンデミックが続く限りオーバーステイにはならない、ということでしたが、


パスポートコントロールの人が同じ認識をしているとは限らないので、早めにパスポートコントロールへ向かったのであります。


結局パスポートコントロールでは、我々二人分のパスポートを持って担当の人が一旦奥へ確認しに行き、戻ってきて何も言わずスタンプを押し、ゴーサインが出ました。


みなさんパンデミックのせいで飛行機がすったもんだしているのをご存知のようで、何も問題なく出ることができました。


我々より少し前にロシアへ出国した知人は、再びブラジルに戻ってくるときは保険に入っている必要がある、と言われたそうです。


ちなみにその知人はPCR検査をフォルタレザで受けてから出発したそうで、ロシア入国には必要なのかもしれません。


アムステルダムの空港にて


アムステルダムの空港では、ただのトランジットなのにもかかわらずパスポートコントロールを通らなければいけませんでした。



一番最初のEU加盟国なのでパスポートコントロールが必要なのかなぁ、と思ったのですが、その後のフランクフルト、ルーマニアでも同様でした。


やはりパンデミックの最中ではシェンゲン協定国内でも国境がある様子が伺えました。


そこでも、古いチケットを見せ、最終目的地はキシナウであることと、飛行機が飛ばなくてこの日程では飛んでいないことと、婚姻していることを婚姻証明書で示して突破することができました。


リオデジャネイロにて飛行機に搭乗する際に渡された紙があって、それはオランダに入る際に必要な用紙で、内容は、発熱、咳、くしゃみなどの有無、フライト番号と座席、名前、などを記入させられました。


でも結局その用紙はどこにも提出しませんでした。トランジットだったからですかね。


チェックする警察もパンデミックで混乱しているのを毎日見ているのでしょうか、やんわりとした雰囲気で良い旅路をなんてねぎらいの言葉までかけてくれました。


アムステルダムの空港は本当に快適で、新しい図書館のような雰囲気があり、仮眠がとれるサンベッドのようなものもたくさんあって、


我々はラウンジでもないのに2時間ほど仮眠がとれました。本当に助かりました。

完全なる防護服を着た乗客がちらほら。マスク着用義務以上のことがある国があるらしい。


さすがアムステルダム。まじかっこいい。the time is now for gender equality.ってわざわざ空港の壁に書けます?これぞオランダ。まじで惚れる。



フランクフルトの空港にて

機内で渡された用紙にまた記入させられました。今度はドイツに提出する用の用紙で、オランダ用のものよりもより多くの情報を書き込む必要がありました。


パスポートナンバーやフライト番号、座席番号に加え、緊急時の連絡先、住所などなど書かされました。


しかしこれもまた、特に提出することなく過ぎました。


フランクフルトの空港に着くと、またもやパスポートコントロールを通らなければなりませんでした。


そういえば、アムステルダムに入る時にパスポートコントロールを通りましたが、出るときは通りませんでした。



フランクフルトでのパスポートコントロールでも同じように古い航空券と最終目的地、婚姻届を提示するとすんなり通過できました。


今、確認したところ、アムステルダムで押されたスタンプには入国を示すスタンプ、フランクフルトで押されたスタンプは出国を示すスタンプがなぜか押されていました。なんでだろう、、、?


フランクフルトでは、かなり精神的に喰らいました。フランクフルトからキシナウまでの航空券をなんとかしなければならなかったからです。



連絡を取っていたルーマニアの航空会社taromによると、taromの落ち度でフライトが変更になったわけではないため、



tarom以外の航空会社の運行する便にフライトを変更することは不可能で、しかも、現在ルーマニアのブカレストからモルドバのキシナウへ飛行機は飛んでいない、ということがわかりました。


つまり、フランクフルトからブカレストまでは飛べるが、そこから先の便はない、10月の25日からしか飛ばない、ということが発覚しました。


この時私は、フランクフルト空港内にエアモルドバのトラベルエージェンシーが、あるに違いない、と根拠のない自信をまだ持っており、


5万弱払うことになってしまうが、乗り継ぎなしで1本で帰れる、とたかをくくっておりました。


そのため空港内をうろうろし、探し歩き回りましたが、フランクフルト空港を牛耳っているのはルフトハンザで、それ以外は複数の航空会社を取り扱うチケット代理店で、しかもエアモルドバを扱っている代理店は見当たりません。



試しに一つの代理店に尋ねてみると、ミンスク経由で10万円が一番安い、と言われ、


ミンスクなんて今の時期情勢的に乗り継ぎでも何が起こるかわからないし、まず、そんな値段の航空券、買えない、、、となりました。


次に私が考えた案は、エアモルドバのウェブサイトからカードでチケットを買うこと。


調べてみると、ありました、三日後。3日間、フランクフルトのどこか空港に近いホテルに滞在し、


三日後にダイレクトの飛行機に乗って帰る、という案です。


費用はかさみますが、フランクフルトの街もぶらっとできるだろうし、ちゃんとベッドで寝れるだろうし、仕方がないかぁ、、、と思いチケットを買おうとしました。


しかし、私の持っているクレジットカードのセキュリティシステムに引っかかり、買えませんでした。

今思えば、あの時買えなくてよかった、無駄な出費をしなくてよかった、と思えますが、



その時は最後の砦がなくなった、と途方にくれ、フォルタレザに1ヶ月残ってもう少し働いていればよかった、、、と本当に後悔しました。


エアフランスに電話した時に、急がないで、慌てないでtaromからの連絡を待ってすべての情報を整理してから考えればよかった、と深く後悔しました。


結局帰れた今は、ああ、あの時出発して逆によかったのかもしれないなーとか思えますが、


フランクフルトでのあの瞬間は、長旅の疲れもあるしどうしたら良いかわからず、本当に後悔してしょげてしまいました。


独身時代の私は多分数時間は立ち直れずにただただ途方にくれていた気がします。


ただ、今回は夫がそばにいたため、そしてずーっと横にちょこんといた夫が、傍で涙する嫁を見て、どうしたもんか、と頭を巡らせ、


実は最初に荷物が多くて無理だと消去したブカレストからバスでキシナウまで帰る案を再度選択肢に上げ、おそらくこれが今のベストの選択肢だと決断を下しました。



それを受け嫁はtaromへ翌日のブカレストまでのチケットの予約をしてもらえるようにメールをしたのであります。


ただ、営業時間がすでに過ぎていたため、返事は翌日、フライト予定日の当日になります。


祈るようにフランクフルトの空港のベンチでその日の夜を過ごし、翌日の日中も過ごしたのでありました。


そして、翌日のお昼頃、チケット取れたよ、と連絡が来て、その日の夜のフライトでブカレストへ向かったのでした。
フランクフルトの空港の虹。この時、ちゃんと家まで帰れる、と思った。




考察

この時期のフライトはキャンセルや変更になることが日常茶飯事のため、こまめにチェックすることが必要です。


乗り継ぎがある場合は分割しないでなるべく1回のオペレーションで最終目的地まで予約することが無難だと思いました。


そして、アエロビレットは使わない方が良いです。フライトの変更が多いこの時期チケットがパアになる可能性があります。



信用できる航空会社、および代理店からチケットを購入する必要があると思われます。


居住許可証を持たない国に観光目的で入るのは新型コロナウイルスのパンデミックの時期は非常に難しいと思います。


仕事や留学、配偶者の元へ行くなど、何か強い理由と、それを証明する手立てがない限り、トランジットでも入国を拒否される可能性があるのではないか、と感じました。


また、それを証明する書類を手荷物に持っておく必要があります。






2020年新型コロナウイルスが蔓延する最中の航空機での私の移動体験談まとめ

フランクフルトの空港に出た虹

こんにちは、ぽんたです。

まだまだ新型コロナウイルスによるパンデミックが治らない中、先日ブラジルはフォルタレザからモルドバのキシナウまで航空機を乗り継ぎに乗り継いで、最後はブカレストからバスに乗って帰ってまいりました。


その旅路の様子を幾つかの投稿に分けて記録したいと思います。コロナ禍での国境をまたいだ移動はお勧めはしませんが、止むを得ず移動する方々へちょっとでも参考になれば、と思います。


  1. 相次ぐフライトのキャンセルとすったもんだ。
  2. ブラジルのフォルタレザからリオデジャネイロ経由、アムステルダム、フランクフルトまでの航空路
  3. フランクフルトからブカレストまで航空路
  4. ブカレストからキシナウまでバス移動



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相次ぐフライトのキャンセルとすったもんだ。新型コロナウイルスが蔓延する最中の航空機での私の移動体験談その1


こんにちは、ぽんたです。

まだまだ新型コロナウイルスによるパンデミックが治らない中、先日ブラジルはフォルタレザからモルドバのキシナウまで航空機を乗り継ぎに乗り継いで、最後はブカレストからバスに乗って帰ってまいりました。

その旅路の様子を幾つかの投稿に分けて記録したいと思います。コロナ禍での国境をまたいだ移動はお勧めはしませんが、止むを得ず移動する方々へちょっとでも参考になれば、と思います。



フォルタレザの空港までの道中


まず、我々夫婦の状況の説明を試みますとブラジルのフォルタレザから2020年の5月にモルドバのキシナウに飛ぶ予定でした。


チケットは節約のためか(結局エクストラバゲージのため節約にはなっていないのですが)フォルタレザからフランクフルトまで、そしてその後一旦荷物を全部受け取って再度チェックインしフランクフルトからキシナウまで、という予定でした。



じっくり考えてみると、ベストな航路ではないのですが、サーカスのオーナーと我々に仕事を分けてくれる夫の友人との間でそのように話をつけていたので従うしかありません。



第一のパンデミックによる波紋


まだフォルタレザからフランクフルトまでのチケットしかとっていなかった4月に、エアフランスから飛行機がキャンセルされたの連絡がメールで来ました。


ちょうど新型コロナウイルスのパンデミックによってロックダウン、都市封鎖を敢行したり国境を閉じる国が出てきた時期で、我々のフライトにも影響が出たのです。



当時我々もカランティンと言って必要最低限以外の外出が禁止されていた時期でした。




航空機のキャンセルの連絡はポルトガル語で書かれていたのでサーカスのオーナーに内容を見せ、エアフランスに電話をしてもらい飛行機のチケットを予約し直しました。



9月の下旬ならさすがにもとどおりになっているかな、と考え、9月の下旬までフォルタレザにとどまることにしました。


きっと6月くらいから仕事が元に戻るだろう、、、という甘い考えのもと、、、



そして第2波、第3波


そして、結局サーカスは9月から再開することに。もう少し止まって仕事してから帰るという選択肢もあったのですが、夫がまだ仮免状態でその期限が迫っているので帰国することに。


そして8月にフランクフルトからキシナウまでの残りのフライトをアエロビレットというトルコの会社のページから予約しました。


最初は、ブカレスト経由のチケットだったのですが、コロナ禍で予約した便がキャンセルになり、自動的に1つ前の日のフライトに予約し直されたとの連絡が数日後に来ました。


しかしながら新しく予約された時間には我々はまだフランクフルトに到着していない予定です。なのですぐアエロビレットにその旨をメールで連絡しました。


その時にトルコ語で書けばまた違ったのかもしれませんが、フライトの変更メールが英語だったのでオペレーターも外国人かもしれないと思い英語で書きました。


すると、全く話が通じず、これがあなたの新しいフライトです、の一点張りで、3日間粘りましたが問題を全く解決してくれないので、直接予約した飛行機を飛ばすtaromという航空会社のブカレストにある支店に連絡をしました。


するとtaromのそのエージェンシーの人はきちんと、挨拶と名前とお詫びの言葉を添えた文面で返してくれ問題を一発で解決してくれました。


もうアエロビレットは使わない、と心に誓いました。口コミを調べてみると、アエロビレットはチケットをキャンセルしても返すべきお金を返金しない、といった最悪なクチコミがバンバン出てきました。


このコロナ禍でフライト変更が日常茶飯事になる中、本当に危険なチケット予約サイトだと思います。みなさんも絶対に使わないでくださいねaerobiletを、特にこの時期は、、、!


ただ、どの会社がどの飛行機をどれくらいの値段で飛ばしているかをチェックするには良いサイトだと思います。航空会社がわかったら、直接その航空会社からかうのが良いのではないか、と思います。


ま、私はクレジットカードにブロックがかかっちゃっていつも買えないんですけれどもね。。。


taromによると、このパンデミックの最中のフライトは1度チケットを予約したその日から1年間追加料金なしで変更が可能、とのことでした。


taromによってフライトの変更やキャンセルが必要になった場合は、同じ目的地に行く他の航空会社のフライトスケジュールも含めてチケットの変更が可能ですが、


tarom以外の航空会社や我々の都合によって変更が必要な場合は、taromが飛ばしている飛行機でしか変更ができないそうです。




そしてフライト当日


来るフライト予定日、サーカスのみんなとお別れを言って荷物をまとめて、面倒見ていた犬とも心を痛ませつつお別れして空港に着くと、



インターナショナルのカウンターに誰もおらず。


インフォメーションデスクにも人がおらず、、、あれ、ちょっと嫌な予感が、、、


ウロウロして結局国内線のとある会社の人に印刷したeチケットを見せると、エアフランスは今フォルタレザの空港では取り扱われていないとのこと、、、


つまり、我々のフライトは飛ばないどころかそもそもない!という事態に見舞われました。


その親切な会社の人たちは確認してくれたところ、エアフランスは10月からフォルタレザの空港では再開することと、エアフランスの電話連絡先をくれ、フリーwifiを使ってサーカスに連絡し、迎えに来てもらいました。


5月のフライトを変更して以来、エアフランスからのメールをほぼ毎日のようにチェックしていたのにフライトがキャンセルされたなんて連絡がなかった旨をサーカスのオーナーに伝え、



その日は営業時間がもう過ぎていたため翌日、エアフランスのブラジルの支店に電話してもらいました。オペレーターが英語が話せるとのことでその後は私が頭を抱えつつフライトの再予約をしました。フライトは、電話した日の翌日に決まりました。



taromのエージェンシーにもメールで急いで連絡しましたが、時差があるためなかなかスムーズにいかず、トランジットの合間合間にやりとりをすれば間に合うだろう、なんとかなるだろう、といった感じで再びフライトへの準備をしなおした、といった感じでした。


結局キシナウについてからゆっくりメールを確認したところ、エアフランスと共同でフォルタレザから飛行機を運営しているKLMから1つ目のフライトがキャンセルされたとの連絡が7月に入っており、



エアフランスから連絡がくるなら来ると思っている私はスルーしてしまっていたのでありました。それでも、自分の落ち度とは認めません。余計な出費にならないためにも、そしてエアフランスを通じて航空チケットを変更したのですから、エアフランスからも連絡が来るべきなのだ、というロジックを押し通します。



たとえエアフランスから連絡が来ていたとしても今回の場合、電話で変更したのだから電話で連絡をするべきだ、とかなんとか言って私は自分の非を認めなかったでしょうけれども。



サーカスも我々もコロナウイルスによって大打撃を受けておりますのでね、経済的に。


アエロビレットの対応の仕方については怒りが爆発しましたが、他の航空会社の人たちとのやりとりは極めて温和にしました。


だって目の前で解決しようと動いてくれている人たちにはなんの非もありませんから。


パンデミックによって予測不能な時期になり、国家間の決定に振り回され、乗客の対処に追われて航空会社は今間違いなく大打撃を受けていると思いますし、


問題やフラストレーションを抱えた顧客と毎回やりとりをしなければいけないオペレーターは、電話口で全く自分のせいではないのに、この度はこのようなことになり大変申し訳ございません、と言わなければならず、本当にヒステリックになってしまうと思います。
 





2020年9月7日月曜日

サーカスでのドライブインシアターを終えて。新型コロナウイルスが蔓延する中、新しいショービジネスのカタチ。ブラジル、フォルタレザより。


こんにちは、ぽんたです。新型コロナウイルスが蔓延するブラジルはフォルタレザより投稿しています。


ドライブインシアターで大画面に映された我々夫婦。




先週の日曜日に引き続き、昨日もドライブインシアターでのショーをやりました。


ドライブインシアターというのが正しいのか、ドライブインショーというのがサーカスには当てはまるのか、、、


来週の金曜日からこのサーカスは一応通常通りの運営を再開するということなので、おそらくドライブインでのショーはこれで最後になるだろうと願っています。



そこで、一体験者の記録としてドライブインショー又の名をドライブインシアターについて軽くこの投稿にまとめてみたいと思います。





ドライブインシアターって何?



新型コロナウイルスのパンデミック、感染拡大に伴い、エンターテイメント業界がイベント中止を余儀なくされる中、苦肉の策はたまた新しいビジネスの形として生まれたドライブスルー感覚で楽しめるイベント。



私ぽんた自身初めてその存在をSNSで5月頃だったか、、。デンマークのとあるミュージシャンがフェス会場と思しき広場に車ごと観客を入れてライブを行っている様子でした。



野外ステージに大画面、音楽フェスやライブ会場に似ている。観客は車ごと入り、駐車場のように駐車し、ブラジルのフォルタレザにあるドライブインシアターでは映画鑑賞や、サッカーの試合観戦などが催されているご様子。



広い駐車場に、特設ステージがあるイメージです。


ドライブインシアターの仕組み(ブラジルはフォルタレザ、Godreamドライブインシアターを例に)



業務形態としては、ショッピングセンターの駐車場やイベントセンターの駐車場などにイベント会場などの設営システムを持っている団体が会場を設営し、その会場をショーやイベントをやりたい団体が借りてショーやイベントを行う感じでした。


つまり、サーカス自体がドライブインに改造してやる、のではなく、ドライブインシアターという劇場をサーカスが場所を借りてショーをやるっといった感じです。



続いて、実際の観客の流れについてです。



まず、入口と出口が違いました。それはまるで本当にドライブスルーの様でした。入場ゲートでチケット確認と検温があり、その後、指定の駐車スペースへ。



大きなイベントセンターの駐車場を利用して特設ステージが設けられており、駐車スペースには各々番号が書いてある柵が置いてありました。



音響は、極端に言えば演者に聞こえる用のモニタースピーカーのみで、基本的に観客は開催側が流す音源のラジオにダイアルを合わせてカーステレオからショーの音楽、音源を聴きます。



観客は基本的に車内で過ごし、拍手は車のクラクションです。ですが、これはまだまだ浸透した慣習ではないので、窓を開けて拍手をしてくれる観客もいますが、観客のリアクションがいまいち見て取れない場合があります。



最終的に、観客は車から降りて立って観始めたりもします。それでも車1台に4人までなので、たとえ全ての観客が車からおりて鑑賞しても十分な社会的距離、身体的距離は保たれています。



会場は広いスペースで遠いため、背景の大画面に演者の様子を映し出すためのカメラ班が必要になります。野外コンサートに近いんだと思います。



お手洗いは共同で、その時にはマスク着用をお願いしていました。物販もあって、サーカスのお姉さん方が綿あめやらおもちゃやらを持って車たちにウロウロ売りに行っていました。



これに関しては、感染対策として良いのか悪いのかわかりませんが、この様な物販も今のサーカスの現状を考えると重要な収入源になっているのだと思います。



開催側と観客及び観客同士の接触は、お手洗いと、この物販関係、あとはチケットのやりとりぐらいのでした。



催し物が終わると、そのまま車で出口へ向かい、終了です。次の回のお客さんたちは、反対側の入り口からまた入ってきます。



チケット料金(我々の現在所属するサーカスを例に)



私が掴んだ情報はキャンペーン価格で1台最大4人までで77レアルくらいでした。(あやふや)日本円にするとだいたい1500円くらいですかね。思ったより安い、、、。


採算取れるのか、、、?正規の料金はもう少し高いんだと思うのですが、、、。


演者からの感想(私個人の見解)


一番最初にやってて受けた印象は、ただの駐車場で車に向かってやってる感じで、肩透かしをくらいました。


でも、ちゃんとクラクションで反応してくれるお客さんが最初の回では多くいて(サクラだったのかな?)それで初めて、あ、この車たち、観てくれてるのか、、、といった感じでした。



クラクションバンバン鳴らしてもらった方が、やってるこっちとしてもモチベーションは上がります。エンターテイメントショーなので、ナンバーの最中でもピーピー盛り上がって欲しいです。



が、回によっては反応が薄い時もあって、でも車内では盛り上がっている様子が見受けられたので、あ、他の車内でもきっと拍手してくれたのかなぁ?と想像するしかないときもありました。



日本だと、クラクションをピーピーパーパー鳴らすのに抵抗を感じる人がもっと多くいるかもしれませんよね。



そして屋外なので、天候にも左右されます。風が強いだけでもサーカスでは難しくなる演目が多々あります。



エアリアルシルクの布が風になびいちゃって絡まったり、あとは全く凧みたいに浮いちゃって届かなくなってつかむことさえできずに3分すぎちゃう、とか。



クイックチェンジのカーテンが風でめくれて見えちゃう、だとか。


矢とかやっぱり外れちゃうみたいです。


バランスとかも強風の中だとさすがに難しいですよね。。。夫もナーバスになってました。




観客の反応(私個人から見た彼らの反応)


サーカスだったためか、子連れが多かったです。クラクションを鳴らすことが拍手であることを知っている場合は良いですが、知らない場合、窓を開けて拍手している手を見せたりしていました。



後から出来上がった記録写真を見てみると、みなさん楽しんでいたご様子が伺えました。




それでも最後の方になるとみなさんわらわら車外で立ち見をしていたのでやはりちょっと観にくいんだろうなあ、とも思いました。




まとめ


新型コロナウイルスのパンデミックに伴うエンターテイメント業界の新しいカタチとして、ブラジルはフォルタレザからレポートしました。



ドライブインシアターは苦肉の策で、おそらく一時的なもの。パンデミックが収まるとともになくなるものでしょう。



しかしながらエンターテイメント業界はずっと止まっているわけにはいきません。この業界でしか生きられない人たちがたくさんいるのも事実です。



多少コストがかかっても、歩み続けなければならない業界で、そしてそのカタチでもその活動が可能なときドライブインシアターは現代の選択肢の一つとして鍵を握っていると思います。



無観客ライブ配信よりも、観客のリアクションが受けられることは演者にとってもやりがいを感じます。



今になってこの記録をしましたが、もう9月に入って、世界的に様々なエンターテイメント団体が活動を再開したように見受けられます。



つまり、すでにドライブインシアターの需要は減っていくと予想されます。



しかしながらこの経験は、第2波、第3波、はたまた全く別のウイルスによる同じような状況へ生かされ、今度はもっと迅速にドライブインシアターを選択肢に入れることができるようになるのでしょう。



一刻も早く全ての業種の人がそれぞれの専門職で生活ができるようになるよう祈っています。



そして我々夫婦もクリスマスの仕事が見つかりますように、、、。切実。



それではこの辺で、ご精読ありがとうございました。



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