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2022年3月29日火曜日

〜世界チャンピオンJack Carthyにあってきた話後編〜2022年3月23日ー25日

〜世界チャンピオンJack Carthyにあってきた話後編〜2022年3月23日ー25日

こんにちはぽんたです。

前回に引き続き、夫がやっているスポーツ、自転車トライアルの伝説的な世界チャンピオン、Jack Carthyと一緒に2日間だけトレーニングさせてもらいに行ってきた時の記録です。前編はこちらからどうぞ。今回の記事は後編です。



Jack Carthyの練習風景





それではどうぞ!


宇宙は幾つかのエンジェルを送った。


両親はもとより、地元のジム経営者、(彼はJackにプロのトップアスリートに見えるように自分のジムで彼の体作りを無償で行い、そしてスポーティブな格好良いトレーニングウェアを買ってくれるなど、スポーツ選手としてプロデュースしてくれた)


悪天候の時の練習場所を無償で提供してくれた地元のおじさんたち、


自分の競技を利用した仕事の取り方などを教えてくれたこれまた9回世界チャンプに輝いたケニー・ベライ(Jack曰く、お金を自転車だけで十分に稼いで生活している、という意味でのプロの自転車トライアルライダーはJackとケニーの二人だそう。私は一度で良いからケニーにも会ってみたい。惜しくも去年のW杯で引退してしまった。)


Jackは彼らへの感謝を忘れず、彼らのことを熱く話した。


きっと他にもいるのだろうが、今回Jackから語られたエピソードでは以上だった。




Jackに関しては様々な意見を知人から夫を通じて聞いていた。


驕っているだとか、教育を受けていないだとか、フレンドリーじゃない、だとか、、、あまり良い噂がなかった。


しかし、実際にあってみると、フレンドリーで自分の生活圏に入らせてくれるし、出し惜しみせず自分の気づいたことやテクニックをシェアしてくれるし、噂とは全く違って驚いた。

Jack Carthyの愛犬ロッキー

夫と私が(特に夫が、、)、チャンピオンへ最大の敬意を示しているのが伝わっていたからかもしれないし、女性には優しいのかもしれないが、やはり、自分の目で見て耳で聞いて実際に体験してからではないと、本当のところはわからないのだ、ということをひしひしと感じた。


想像で人を評価するなんて以ての外だな、と自分を省みる機会ともなった。



ここで少し、彼を擁護するつもりではないのだが、幾つか私が感じた彼の特徴について記録するとともに、なぜ周りの人たちからいろいろ言われてしまうのかについて考察したい。


彼はまず、生粋のファイターである。これは、勝ちにこだわるトップアスリートにはとても大切な要素であると思う。


Jack Carthyの練習風景

だから、時としてエモーショナルに人々の目には写ってしまう。審判の判定云々の関係で1位を逃した一昨年にヘルメット投げた彼の行動はいささかSNSが炎上したように思う。


確かに、自転車トライアルの世界では珍しいのかもしれないが、フットボール選手や野球選手をご覧いただきたい。


頭突きした人もいるし、乱闘はトップアスリートにはつきものではなかろうか。


生きるか死ぬかの戦いから派生したスポーツ文化ではエモーションはつきもの。我々が想像する以上のアドレナリンのなかで試合しているのだからこれくらい当たり前。

Jack Carthyの練習風景


というか、これくらいでなくっちゃおもしろくない。これくらい本気でやってくれているから観戦する側もおもしろい。


それから、驕っていると捉えられてしまう言動について。


言葉だけ切り取ると、そう思われてしまいがちかもしれないが、彼の抑揚から、私は彼は彼なりに分析して事実をのべているだけであると感じた。


その事実がたまたまかなりの栄光であるから、自慢話しに聞こえてしまう場合があるのかもしれない。


しかし、彼はいたって話の流れで自分が分析して客観的な目でとらえた事実を述べているだけで、その証拠に、自分のことをJackと第三者のように語る場面に何回かでくわした。


でももし仮に、彼が実際に自分の成し遂げたことをアピールしていたとしても、まだ彼はチャンピオンといえども25歳の青年だし、9回もチャンピオンになっているのにまだ承認欲求がみたされていないということなら、それはそれで逆に謙虚ではなかろうか?


自分はこんなにすごいことを成し遂げたんだよ、頑張ったんだよ、とお話ししてくれているとしたら、逆に可愛らしいと感じてしまうのは私が女だからなろうか。


聞き手が男の子なら、彼にもプライドがあるだろうから、その嫉妬のような気持ちから歪んで捉えてしまうのかもしれない。


Jackは極めて素直で裏表がない。まっすぐだ。


疲れた時には疲れたように見えるし、余裕があるときはお茶を入れてくれたり、ご飯を一緒に食べようと誘ってくれるし、忖度せずに自分の意見を言う。


だから、アドレナリン全開で全集中勝負モードのコンペティション中に愛想を振りまくような余裕なんてないだろうし、そうするつもりもないのだろう。


(ふむふむ。これは、大変だ。彼を分析しているうちに、私の夫への理解が深まってしまった。これは近いうちにまたHowarthに行ってチャンピオンの奥さんにいろいろ質問したい。)


複雑にみえるようで、実はシンプルなのだろう。ただただ、その時の自分の状態に正直なだけなのだと思う。


言葉が率直すぎて裏を勘ぐりたくなることもあるかもしれないが、そのような場合、私たちの心理に問題があるといえよう(これは、夫と話してるときの私に対する慰めの言葉)


このような人こそ、本来は信用すべきなのだとも思う。




ファイター気質と書いたが、彼はなかなか懐が深く、情が深い。(それゆえのファイター気質なのかもしれないが。)


彼には4歳の息子さんもいて、お国柄なのかもしれないが、自分のやっているスポーツを息子に押し付けたりはしない。彼がやりたがったらサポートするかな、くらいだ。


そして自分の息子の好きな物、得意なものに関して、ちゃんと理解している。


奥さんが前の職場で不快な思いをしていたときも、それはダメだ、と辞めさせて、実家の一部を彼女のサロンに改装したのも、なかなかアツイ。


彼女の好きなことを尊重している感じも受けた。


そして、少し離れた駅から自転車トライアルでhowarthまで爆走してきた夫(バスに自転車のせてくれなかったため)の話を聞いて、最終日に駅まで送ってくれた、めちゃめちゃ情にアツイ親切な人だった。




彼は、自ら企業とやりとりをし、コラボする仕事を自分で獲得している。今は、向こうからメールが来るようになったが、初めの頃は自らメールを送っていたそうだ。


これはケニーから教わったらしい。今ではトレーニングとそれらの仕事で日々忙しいようだ。


それでも、まだまだチャンピオン歴を更新し続けるモチベーション満々の彼は仕事がトレーニングに食い込みすぎることのないようにちゃんとバランスをとっている。


本当に自分がやりたいことがはっきりしていて、それは譲らない。


いろいろ彼の考え方、生き方にはインスピレーションを受けたし、鼓舞された。

Jack Carthy


私自身のトレーニングに対してもモチベーションが上がったし、トレーニングの意識も変わり、ぐんっとレベルが上がったエレメントが2つもあった。


別の競技の人間にもこんなに影響を与えるのだから、本当にすごい人だ。




世界チャンピオンになったことがある人ではなく、世界チャンピオンになり続ける人。これはかなり難しい。


自転車トライアルの奥の奥まで知っている人。これも恐らく多くはないだろう。



最後に、写真を撮ってもらった。肩を組んでくれた彼のエネルギーは意外にもふんわり軽く、優しかった。



お読みいただきありがとうございました。次回は主に我々の旅路をメインにhowarthなどの村の様子も記録していこうと思っています。



2022年3月28日月曜日

〜世界チャンピオンJack Carthyにあってきた話前編〜2022年3月23日ー25日

〜世界チャンピオンJack Carthyにあってきた話前編〜2022年3月23日ー25日

こんにちはぽんたです。

先日、夫がホリデーをとったので、夫がやっているスポーツ、自転車トライアルの伝説的な世界チャンピオン、Jack Carthyと一緒に2日間だけトレーニングさせてもらいに行ってきました。そのときの記録を少し長いので2回に分けて載せたいと思います。後編はこちら


Jack Carthyの練習風景



それでは前編です。どうぞ!


もし、自分の息子が小学校へ行っては友達とケンカし、しばらく学校へは来ないでください、としばしば言われるような子だったら、私は一体どうするだろう。


学校へ行っても勉強する気など全くなく、ろくに本も読めない子だったら、親として私はどうするだろうか。 


 しかりつけるのだろうか、怒鳴りつけるのだろうか、無理やり矯正させようとするのだろうか、精神科へ連れて行くのだろうか、カウンセリングに連れて行くのだろうか、ホメオパスに相談するのだろうか、、、。


何れの行動選択も子供の今ある状態を異常ととらえ、改善しようと試みているのに相違はない。

実際に、予防接種、薬害、添加物、の影響で医学的になんとか障害とか言われる症状が出ている場合があり、重金属デトックスなどでそれが改善した、という症例報告もあるらしい。

しかし、単にその子が持って生まれた素質かもしれない。その子の才能かもしれない。最終的にその子がそのような状態になるように宇宙が仕向けたのかもしれない。



今ある子供の特性を丸ごと受け入れてその子にあった道をとことん探し、そして見つけ出せる親は一体どれくらいいるのだろうか、そして実際に私が親だったらそうできるのだろうか。。。




なぜ、そんなことを考えたのかというと、先日、夫にくっついて自転車トライアルの世界チャンピオンJack Carthyに会ってきたからだ。


彼はまだ、25歳にして現在9回世界一(ジュニア時代も含めて)になっており、そしてまだまだ彼は高みを目指してモチベーション高く毎日トレーニングに励んでいる。


彼は15歳のときのジュニア戦で、自転車のハンドル部分のバーが独特なポジションでチャンピオンの座をかっさらっていったのを鮮明に覚えている人も多いだろう。


そのときまだ彼は競技を始めて2年か3年かの頃だったから、この時すでにいろいろ考えながら練習していたことが見て取れる。


そして当時、多くのライダーが彼のようにバーのポジションを真似したようだが、キッカー(より高くジャンプできるようにしたもの)の部分でJackはそのバーのポジションで飛べるが、他のライダーはできないといった状況が多発したというのも夫から聞いて、面白いエピソードだと思った。


 我々は、2日間、Jackとトレーニングする機会を得た。もちろん無料ではない。


しかし、チャンピオンの車に乗って、映像でしか見たことのないあの岩たちのところまで行けて、チャンピオンのライドを間近で見れて、チャンピオンに稽古もつけてもらえて、チャンピオンと会話できて、


チャンピオンに紅茶を淹れてもらったり、チャンピオンのご家族と夕食を共にしたり、挙げ句の果てにチャンピオンに駅まで送ってもらってしまったのだから、全く損はしていない、むしろ、少し申し訳なく感じるくらいだった。


他のライダーは1週間とか、1ヶ月とかの共同トレーニングをお願いしているようだ。しかし、我々はホリデーでしかも夫はコンペティションを目指しているライダーではないため、2日くらいが私も夫も楽しめるちょうど良い時間であったと感じている。


そして彼らの生活圏Howarthという村が、小説で有名で観光客もよく来るところなのだが、とっても素敵なところで本当に小説の中に入った気分になる場所なのだからまた行こうと思っている。



Howarthにて。


さて、話を元に戻すと、前述した、学校でケンカして来ないでくださいと言われるような子供、本が読めない、読もうとしない子供、の様子は、Jack自身の幼少期だ。


この話は彼自身から、そして、彼のお父さんから直接聞けた。Jackのお父さんは、彼ができるようになるように、と一緒に音読をし始めるのだが、ちゃんと読めるようになったと思ってふと見たら、Jackはただ暗唱していたらしい。


お父さんが読んでいるのを何回も聞いているうちに覚えてしまったようだ。
彼の両親は、息子が学校以外の何か打ち込めるもの、違う道を探そうと考えた。


そして、お父さんは息子とみっちりいて彼の面倒を見たい、と言い、お母さんは、それなら、私は外で働く、と決めたそうだ。


今まで働いてこなかった女性が外ではたらくことを決定するのは、個人的にはかなり心を打たれたが、もしかしたら彼女はもともとそっちの方があっていたのかもしれない。


そして、しばらくご両親はJackに合うものをあれこれと探したらしい。そしてある日、市場かどこかで見つけた自転車を見てJackが自転車が欲しい、と言った。


買ってみると、Jackはすぐに乗れてしまい、乗れるどころか飛んだり跳ねたりしたので、あ、この子は自転車が得意なんだな、となり、自転車トライアルというスポーツに行き着いていったらしい。


この話は、shindig podcastや他の媒体のインタビューにもあるかもしれないから、ご存知の方も多いだろうが、私も私の耳でJackから、そして彼のお父さんから聞けた話なので、ここに記録しておく。




こうやってみると、親の影響でそのスポーツを始めた子とは違い、全く自転車トライアルとは無縁であったところから、自分の特性にあったものに巡り会わせられ、なおかつそれに気付く大人が存在し、そしてそれができるようにバックアップしてくれる大人がいる環境であったということが見て取れる。


恵まれた環境にあった、という人がいるかもしれないが、私は、彼は自転車トライアルのチャンピオンになるために、なれる環境のところを選んで生まれてきたのだろうと思う。


だから、彼はチャンピオンになることを早々に決意するし、周りはそれを支える動きをするのである。もうこれは宇宙レベルで設定されていたことなのだろう。





私は、トレーニング場所へ向かう車の中や、トレーニングの合間に息をついている間に彼にいろいろ質問をした。


かねてより、彼のライドを映像資料で見ていて、この人は一番効率の良い身体の動きを見出したに違いない!と思っていたが、案の定、いや予想をはるかに超えた身体の使い方のスペシャリストだった。


自分の身体どころか、自転車の特性、特徴、タイヤの特徴、石の状態、木の状態、地面の状態、靴の状態についてかなりの観察、分析をしており、工夫次第で改善できるところは改善し、自分の力ではどうにもできなことには、どれだけ適応できるかを焦点としていたところには本当に驚いた。


 そして、意思が強い。自転車トライアルを始めた時、彼にとってのヒーローはその当時のチャンピオン、ジルだった。


そして彼は決めた、自分はジル以上のライダーになるんだ、と。多くの人は、何かに憧れた時、その人に近づきたい、とは思うかもしれないが、その人を越えようとはあまり思わないだろう。


自分には無理だ、と考えたりするのがほとんどだ。しかし、Jackはジルに打ち勝つ、と早々に決めてしまったのだ。意思決定を下したものに対して、宇宙は全力で手助けをする。


Jackもその決定のもとに、毎日練習する。しかも、ただやみくもに練習するだけではない、どうしたらもっと、を常に考え、分析し、研究し、試行錯誤しながらトレーニングする。最強ライダーはこうして形成されていったようだ。



お読みいただきありがとうございました。次回は、後編をお送りします。

後編へ

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2022年1月8日土曜日

ロンドン生活手記シリーズ

 ロンドン生活手記シリーズ

ロンドンアイとその周辺の景色


すっかりブログ不精になった私の次なる作戦は、パソコンにつらつら書きためたものをこちらで紹介する作戦です。文体は、です、ます調ではなく、で、ある調で失礼いたします。

私がどのような目線でロンドンを、世間を見ているのか、ご興味のある方に覗いていただければ、と思います。





2022年1月7日金曜日

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より後編

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より後編

こんにちはぽんたです。

この記事は、前回の記事の続きです。前編はこちらからどうぞ。

それでは、2022年の1月6日の手記後編スタートです。


なぜかロンドンに溢れるイタリアの伝統クリスマスケーキ



〈前回からの続き〉

以上、ロンドンでの状況からの自分への影響。


話を軸に戻して、そのホメオパスの方に勧めていただいた腸の善玉菌を増やす方法の中で、サワークラウトがあった。


なるほど、それならモルドバにもあったなあ、と思い夫に話すと、ロシア人の方が美味しく作るはずだとかなんとか言って、ロシア語のユーチューブにあるレシピで作ってくれ、とのことだったので、まぁ、夫が食べてくれるのが何よりだから、その通りにした。


そうすると、確かに美味しいものができて、夫も食べてくれるものができた。


【夫は2つ歳が上なだけなのだけれども、国が違うからか、文化圏が違うからか、まるで昭和の男性のように感じるところがある。


昭和ならまだマシで、まれに大正、明治に生まれたのではなかろうか、、、と思うときもある。古き良き時代といえばそうなのだけれども、自分の慣れ親しんだ味しか受け付けてくれない。


私がいきなり彼の食べたことのない和食を家で作ろうものなら、また私が変な創作料理を作ったと思って、文句を言ったり食べてくれないことが多い。


だから、まず、レストランに行って、私以外の人が作ったものを食べさせて、こういう料理が既に存在するのだと、決して私が適当に作り上げたものではない、ということを認識してもらう必要があるのである。


だから、ロンドンに来て良かったのかもしれない。ロンドンは移民の都市なので、様々な文化圏の人が大勢いて、レストランも屋台もとてもインターナショナル。


私はレストランやカフェで家とは別の雰囲気を味わいながら食べるのが好きなのだけれども、夫は人が多いところは心地が悪いらしく、デリバリーを取ることの方が私たちは多い。


私が食べられるものがあるのは、ベトナム料理、タイ料理、マレーシア料理など、米粉の麺があってベジオプションがあって味が濃いもの。

幸い、夫もこれらの料理を美味しいと感じてくれて、家で何か作る時もナンプラーを使って炒め物ができるようになった。

(以前、ナンプラーの臭いを嗅がれてしまい、危うく使えなくなるところではあったが、どうにかもうすでに食べたことがあることを聞き入れてもらえてセーフだった。)】




ホメオパス曰く、私の腸は善玉菌のクッションがなくて、毒素をそのまま吸収してしまうのではなかろうか。腸と皮膚はつながっていて、(考えてみればそうだよね。肛門を境に腸、そして皮膚だもんね。)そしてセロトニンは腸で作られるらしく、メンタルに直結する、とのこと。




つまり、腸を整えることでメンタルも整う。確かに、本当にそうだと思うことがあって、サワークラウトを食べ始めてから、気分もポジティブになっていて、湿疹もそんなに出なくなった。


それを良いことに、本当は、症状が緩和するまで、悪玉菌のエサになる砂糖、柔毛にべったりくっついちゃうグルテン、おそらくそもそも私が処理できないであろう乳製品を控えなきゃいけないんだけど、年末年始、若干解放気分になって、小麦を使ったお菓子をこさえてしまったり、甘いものを食べてしまったり、白チーズを食べてしまった。


そしたら、やっぱりおととい、鬱状態に陥ってしんどくなってしまった。


年末年始、トレーニング場所がお休みなのと、どこかにお出かけしようにも天気も悪いしお金もない、太陽もない、みたいなことも原因かもしれないが、

でもやはり腸内環境に私の気分はだいぶ左右される、ということがやっと納得できた。


前々から薄々気づいてはいが、専門家に言われるとやはりそうか、となる。


マグネシウムについてもその方は触れていて、それに関しても今日、ちょっとわかったような出来事に見舞われた。


マグネシウムは、運動したり、ストレスがかかったりしても流れ出てしまうらしい。現代社会人の多くがマグネシウム不足だそう。


そして、マグネシウムと腸と皮膚とメンタルがどうつながっていたかはうろ覚えだが、(PHかなんかの関係だったかもしれない。)

何はともあれ、心身ともに良好な状態であるためにマグネシウムの不足を解消しなければならず、勧められたエプソムソルトでの足湯も始めていた。

皮膚の湿疹もあまり出なくなってきたのだが、今朝、白チーズを食べたらまた出てしまった。


サワークラウトも食べ続けているし、レメディも使用し始めているのに、なぜだろうか、と考えたところ、足湯を最近していなかったことと、昨日、しっかりめのトレーニングをしていた。マグネシウムが不足したことが考えられる。


そのためエプソムソルトでの足湯を施した。




サプリメントは正直あまり摂りたくはない。原料がどれくらい信頼できるものなのかがわからないからだ。しかし、もし私が信頼している情報筋の人たちが何かオススメしてくれるものがあれば取り入れても良いかな、と思う。(この世で1人しかいない。。。他力本願。。。)


とりあえず、ナッツ類を今日は買ってみた。ちなみに私が好きなナッツはカシューナッツ。


ところで、処方してもらったレメディに関しては、やはりプロの方に処方してもらっただけあって、結構細かくいろいろ考えてもらえた。


ポーテンシーや組み合わせ、摂取のタイミングや形状に関しては、やはり素人がいろいろ試してできる範囲を当然超えているので、客観的に分析してもらって、一番効率が良いと判断できたものを処方してもらえた感じ。満足だ。



それらを摂取し始めてみて、面白い夢を見たり、あとは、いわゆる好転反応と言われるうちの一つ、蕁麻疹がチラッと出たり、あとは、お恥ずかしながら精がついてきた。


低用量ピルをトルコにいた時に使っていたことがあって、それってやっぱり体に蓄積してしまって、PMSだとかに影響をするようなことらしいのだが、それをデトックスするような処方もしてもらえたようで、


そのおかげかなんだかはよくわからないのだが、夫が悲しむくらいに非積極的だった私が、だんだん元気が戻ってきて、今では様々な遺伝子のバリエーションを残したいなあ、とかなんとか考えるまでになってしまった。少し元気になりすぎたかな。


まあ、そんな野望は子供をコミュニティではなく各家庭で育てるようなシステムの現代社会ではリスクが高いし、第一やはり夫の遺伝子のように私にとって魅力的な遺伝子が巷にゴロゴロいるはずわけでもない。


でも性生活の充実は、私の体の状況も大いに関わっているが、夫側の日頃の努力もかなり重要であることをここに書き留めて本日の手記を終了することにする。


お読みいただきありがとうございました。次回は、また気が向いたときにつらつら書くつもりです。


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2021年2月9日火曜日

2021年新型コロナパンデミック最中での海外移動した記録〜モルドバからイギリスへ〜

2021年新型コロナパンデミック最中での海外移動した記録〜モルドバからイギリスへ〜


こんにちは、ぽんたです。


なかなか良いインターネット環境にありつけず、更新できずにいました。
実は、2020年の11月末に夫がイギリスに住みたい、ブレグジットしちゃうから僕のチャンスは今年いっぱいだ、と言い出し、



既にモルドバで居住許可証の発行待ちだった私はすぐには飛べないので、とりあえず先に夫を
英国に飛ばし、初めての仕事がない年末年始を離れ離れで過ごしたのち、今は私も夫の元へきております。



この記事では、コロナ禍での国際線での移動について記録してあります。

タワーブリッジ


目次




どこからどこへ飛んだ?

モルドバのキシナウからイギリスのロンドンへ飛びました。2021年の1月18日のことです。


英国入国に要求された書類

コロナウイルの検査が陰性であることの証明書と、オンラインで記入するpassanger locator formです。


詳しくは英国の公式サイトgov.ukをご参照ください。コロナ禍でのイギリス入国についてはここにリンクを貼っておきます。


新型コロナウイルスの状況に応じて頻繁に情報が変わるので渡航を予定されている方はこまめにチェックすることをお勧めします。

書類1新型コロナウイルス検査陰性証明書について

これはいわゆるpcr検査で、私の時は出発予定時間の72時間前からの検査結果が有効とのことでした。



つまり出発予定時間より72時間以上前に検査したものは有効ではないため、検査を予約する際はよく計算して行いました。土曜日もやってくれている検査機関だったので助かりました。



今では三日前からの検査結果に変わっていました。→英国入国の際に必要な書類が書いてあるページへ飛ぶ(英語)



私はキシナウ市の検査してくれるinvitroというところに予約して検査をしてもらいました。その日の夕方にはメールで結果を送ってくれましたし、私はちゃんとした用紙でもらいたかったので翌日その用紙を取りに行きました。



書類は英語で作成してもらいました。去年の10月にモルドバからルーマニアに移動した時もそうでしたが、陰性であるととてもほっとします。こんだけ人に会ってないし、症状もないから陰性である自信はあるんですけど、結構ドキドキします。




陽性だと飛行機乗れませんからね。ちなみにこの陰性であることの証明ができないと罰金500ポンド課せられる可能性があります。

書類2passanger locator formについて

これは、イギリスの公式サイトgov.ukfill in your passanger locator formからオンラインで記入するものです。ちなみに英語です。



今私がこの記事を書いている時点では英国入国後は10日間の自主隔離が義務付けられていて、その10日間の滞在先の電話番号や住所を記入し、英国側が入国者から万が一陽性者が出た場合などの追跡調査やちゃんと自主隔離しているかのチェックに使われる模様です。



記入し終わると、私は嘘偽りなく書きました、そして10日間ちゃんと自主隔離します、と宣誓するページがあって、最終的にバーコードのあるページへ行き着きます。それをダウンロードして、スマホに保存しておくか、私の場合はプリントアウトして向かいました。

出国、入国の流れ

出国の際は、航空会社がカウンターで乗客が必要な書類を持っているか確認します。携帯電話にすべての書類を保存して画面上で見せている乗客もいましたし、私は不安だったのでちゃんとすべての書類を紙面上で提示しました。



私はモルドバの居住許可証もありましたので、何も特に別に尋ねられることはなく出国しました。



英国につき、モルドバではぎゅうぎゅうになって出国してきた我々は英国の空港では警察官が飛行機から降りて空港の建物に入った途端ソーシャルディスタンスを厳しく促し、マスク着用を厳しくチェックしていました。



威厳のある英国ポリスに感心しながら促された列に並んで待って、入国審査の前に警察官からpcr検査の陰性を証明する証明書とpassanger locator formのバーコードのあるページをチェックされました。確かパスポートもチェックされたかな、、、。そこはうろ覚えです。



結構ジロジロ書類を観察されて、無事にその関門を突破し次はいよいよ入国審査です。



日本のパスポートの場合はEパスポートのゲートへ促されます。私の旅券はちょうど更新まで1年を切っていたので少し古いせいか、サポートカウンターへ通されました。



そこで私はどのくらいの期間滞在するか、婚姻証明書を見せて英国にいる夫の元へいくこと、夫は自営業者であることなどを説明して、大丈夫そう、と判断され入国することができました。



パスポートの更新もあるし、記念にもなるし、入国スタンプが欲しかったのですが、あなたには入国スタンプはない、と断られてしまいました。でも、在英日本大使館でパスポートの更新の申請はできました。



それに関してはこちらの記事を作成しました。↓

入国後

入国後は、入国した次の日から数えて10日間の自主隔離をせねばなりませんでした。当局からの連絡は登録した夫の電話番号へ1通のSMSが自主隔離1日目にポツンときたきり、電話もなければ自宅訪問の確認もありませんでした。



ですが、万が一チェックされることを恐れてちゃんと家にこもっていました。ワイファイがなかったので結構きつかったですが、絵を描いたりコントーションのトレーニングをしたり、瞑想したりして過ごしました。



自主隔離が明けても、英国はまだまだロックダウン中で日用品のお店しか開いていません。ですがサイクリングしたりお散歩したりして街中をちょいちょい見て過ごしています。



夫のEU出身者向けの書類も、仕事もロックダウンだからなのか、ものすごい人数が一度にワッと申請したのかわかりませんがまだ届かず、、、、うまくいくといいなあ!!

ピカデリーの近くの、これは、、どこですか?自分でもわかっていない。



そしてその後に待っているのは私の書類課題、、、!うまくいくといいなあ!!ま、いかなかったらいかなかったで、他にも国はあるから!!




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2021年1月13日水曜日

瞑想し始めたらお肉が食べられなくなりました。お肉を食べない理由を分析、解説しました。(動画あり)

瞑想し始めたらお肉が食べられなくなりました。お肉を食べない理由を分析、解説しました。

こんにちは、ぽんたです。

だいぶブログを更新しない期間がありましたが、実は瞑想にふけっておりいろいろ変化があったのでなかなかブログを書こうという気にならなかったのであります。

しかし、これは是非世間にシェアしておきたいと思うところができたのでとりあえず動画をこさえてみました。

ブログの記事でもこのことについてつらつらと書いていきたいと思います。重複するところもありますでしょうが、動画と、、、ご了承くださいまし。


今回の投稿の流れ


何か起きたのか(変化)
まず、去年の暮れまではっきり言って私は行き詰まっていました。生活にね。
私、というか我々夫婦?
突破口が見えないというか、いろいろ滞っているというか、這い上がれないというか、、、


ま、これについては別記事でおいおい書いていこうと思いますが、そんなこんなでとある友人に相談できたのが転換点だったのですが、


その友人の手ほどきを元に、瞑想をして自分の魂と肉体と対話し始めました。


いろんなことを気づき、いろんなものを解放し、いろんなものから解放され、、、


その結果の一つとして、私はお肉が食べられなくなったのであります。


お肉を見ても、え、なにこれ、、、食べたくない、、、という感じ。


でも、脳は覚えてるんです。お肉は美味しいはずだって、美味しかったって。だから、食べてみるんですけど、結局、全然美味しくないんです。

それまで美味しいと思っていたお肉ですが、食べても美味しく感じさせてくれないのです、肉体が、魂が。


そしてスーパーではお肉売り場で、マスクの下で、息がコオオオオオオオオってダースベーダーみたいになっちゃって、嗚咽のような、、、


首を切られ皮を剥がれた死体が積み上がってる、、、としか思えず、最近では自然と視界に入れなくなりました。


なので、あ、私はお肉食べられなくなっちゃったんだな、と思い、食べないことにしました。


ですが、困ったことに、なにを食べたらいいのかわからなくなってしまいました、最初は。


スープを作るのにもお出汁で鶏のブイヨンをとっていたわけですからなにを作っていいのかわからなく、貧血気味にもなってしまったりしました。


最近は豆とか魚を積極的に摂るようにして、前よりも貧血が改善されたようにも感じますが、変化があったばかりの頃は、ちょっと戸惑いました。


なぜこのような変化が起こったのか(分析)

はい、では何故私はお肉が食べれなくなってしまったのかを分析していきます。

私、鳥でした。

自分の肉体と魂と会話していく中で、色々思い出した光景があり、それを元に解放したものの一つが2メートルの小鷺でした。

当初は、私の過去生だと思っておりましたが、感覚的に今もなお同時進行で存在している気がするので
パラレルワールドでリンクしている存在か、もしくは家系に流れてきた守護神的なもののと捉えております。


彼女は、ちょっとギャルみたいなキャラクターなのですが、彼女を解放したてのリンクが濃かった時に、鶏肉を見て、げっ気持ち悪いこんなの食べてんの?ということをつぶやかれました。


共食いですものね。


わけわからない、と思った方いらっしゃると思います。笑。わけわかんないですよね。笑。

でも、わかってくれる方もいると思います。私が気づいたのも、多分誰かが気づいたからで、私が気づいたから、次の誰かも気づくんだと思います。


なので、私は共食いをするのは気持ち悪い、という感覚になったのでお肉を食べない、という選択肢を選びました。

魚は?
魚は食べてます。

調べたら、鷺は小魚を餌にしているらしく、、、(たまにネズミも食している模様、、、汗)

解放した2メートルの彼女もお魚食べたーーい!!となっていたので、お魚は食べれるんだ、、、となりました。

なんで肉はダメで魚は良いの?(分類)

さて、ここまでは哺乳類、鳥類は食べないけれども、お魚は食べれるという私の個人的な感覚の話でしたが、この個人的な話に、ちょっと客観的な事象を加えて食べれる物、食べれないものの区別をし、


だから皆様もお肉を食べることについてちょっと考え直してみませんか、と投げかけてみたいのであります。


だって、何も私だけが特別な存在なわけはないですし、私が食べられなくなっちゃったんだから、みなさんも本当は食べられないはずなんじゃないの?というロジックです。


そこで私は、感情(愛情)の有無が食べて良いか食べてはいけないかのラインとするのはどうでしょうか、と提案したいのであります。


そしてそれは、生物学的に繁殖形態がR戦略者とK戦略者という分類に分けることができそうなのであります。(私生物学者ではないのでだいぶ適当に言っておりますが。。。)


R戦略者とは、たくさん産んで生存確率をあげる戦略をする動物たちで、卵をたくさん産む魚類や昆虫がそうだそうです。


K戦略者とは、少なく産んで確実に育てることで生存確率を上げる動物のことだそうです。哺乳類とか、鳥類とか、、、。
もちろんそれぞれR戦略者のK戦略よりとか、またはその逆、とかはあるんでしょうけど。。。


前者はほとんどが産んだら産みっぱなしということが多く、(例外もあるのでしょうけど)後者は一定期間お乳を上げるなり、保護するなり教育をするなりしています。


この後者の行動には私は愛情という感情がなければできないのではないか、と考えました。


つまり、彼らは私たち人間と何ら変わりはなく高度な知能、情緒を併せ持ち、彼らを食することは共食いになってしまう、と考えるのはいかがでしょうか、と提案したいのであります。


だってわんちゃん、猫ちゃん食べられます?(愛しすぎて食べて体の中に取り入れて埋葬する、という方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、、、)


多くの方はワンちゃんネコちゃん食べない、と答えると思います。なぜでしょう?


感情があるのを知っているからではないでしょうか?彼らに高度な知能が備わっていることを知っているからではないでしょうか?お友達は食べませんよね。。。


では、なぜ牛、豚、鶏、馬、羊、鹿、山羊、猪、熊、クジラ、、等々は食べるのでしょう?


鳥さんたちは、つがいになって一生懸命卵を温めて、孵化したら餌を運んできたり、、、(カッコーはなかなかずるいですが、、、)あとは何かの動画でめちゃくちゃ心の傷を負ってるオウムを見たことがあります。。。情緒、、、あると思います。


そして私の以前の記事に、トルコのデニズリのとある村で見た犠牲祭の風景を記したものがあります。私がそこで見た牛さんは、高い知能と感情があることが見受けられました。
 
少し前の記事ですので、私の感覚はまた変わっていてこの投稿で書いてあることとここでの主張は食い違うところがあるかもしれませんが、ご了承ください。


このときすでに私は肉食を断つべき立ったのでしょうが、そのときの私にはそのエゴを断つことができませんでした。美味しい、という思い込みを手放すことができませんでした。。。


でも、今思い返すと、あ、確かに牛さんも食べちゃいけない存在だな、、、となります。

そんなこと言ったら魚にも感情あるんじゃ?(反論)

魚にだって感情はあるじゃないか!という方もいらっしゃると思います。懐くナポレオンフィッシュとかいますもんね。

確かに、私もあの懐いているナポレオンフィッシュは食べられません。笑。


さすがにあそこまでいくと高度な情緒があるように思えます。(でもそれは飼い主との触れ合いで後から芽生えたものかもしれません。)


ですが、大半の魚類の感情は、不安や恐怖を感知する機能のようなものだと考えています。(あくまでも主観、、、笑。)

海面から何か(鳥)降ってくるから怖いな、だとか、この色なら見えていないかな、ドキドキ、、、だとか、生命を後世につなげるために、生き延びるために危険を察知するために備えられた装置で、


愛情や思いやり、といった情緒まではなく、またそれがゆえに心理的なトラウマになるほどの恐怖は感じないのではなかろうか、と今の所捉えています。が、みなさんどうでしょうか?


自分が生きるか死ぬか、自分の子孫が残るか残らないか、、、のシンプルな感じで、彼らにはどうしてもっと早く卵を温めるのを交代するためにもっと早く来なかったの?とふてくされたり、我が子の毛づくろいをしたりするような複雑な情緒はないのではなかろうか、と私は捉えました。
サ○○ストとの共通点(あくまでも仮説)

そして、もう一つ、昨今巷を賑わせている事柄の中で、

たくさんの証拠や証言が出てきています。

たくさんのおぞましいことがあって、とてもじゃないけど書きたくもないし口に出すのもはばかられます。

その中で、おぞましい製造方法のドラッグのことを知りました。そしてふと繋がった考えがあって、

これって我々がお肉を作る工程にそっくりなんじゃないか、と。


屠殺される瞬間、この高度な知能、情緒が備わった動物たちは、自分の身の上にこれから起きることを理解し、大きな恐怖を抱くと思います。痛みに悶え苦しむものもいると思います。


その脳から出た恐怖を感じた時に出るのホルモンが全身に行き渡った動物のお肉を我々は美味しい美味しいと、食べているのであります。

ぞっとしませんか。

これは、あの彼らがしていることと同じではありませんか?

これでも食べられます?お肉、、、。


終わりに

以上の観点から、自分が単にお肉を食べられないようになっただけでなく、皆様にももう一度お肉を食べることについて考えてみませんか、とでしゃばってみたのであります。


もう一度言いますが、私が特別にそういうものに目覚めたわけではなく、ただ、今のタイミングでこのようになっただけで、昔はお肉を美味しい美味しいと食べておりました。



だから、でしゃばるのも恐縮なのですが、ただこのようなことに気づいてしまったものですから、きっと皆様も同じなのではないか、と思ってこの考えをシェアしてみよう、ということに至ったのであります。


ただ、強要する気は一切ありません。現に、夫はただいま生ハムサンドを堪能しております。笑。わかるよ、美味しかったもん、生ハム。。。


ただ、結局需要がある限り、我々は我々の仲間を殺してしまっているのであります。


最後になりますが、今、精肉業を営んでいる方々には営業妨害になるような内容、申し訳ありません。が、今、ベジタリアンだとかビーガンだとか大勢の方がシフトチェンジしているので、もしかしたら今のうちにビジネスのシフトチェンジを行っていくのはいかがでしょう、というとんでもないおせっかいを述べまして、今回の投稿は締めさせていただきます。


あ、卵とチーズについては動画で述べましたので割愛。

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2020年10月5日月曜日

ブカレストからキシナウまでバス移動。新型コロナウイルスが蔓延する最中の航空機での私の移動体験談その4(最終弾)


こんにちは、ぽんたです。

まだまだ新型コロナウイルスによるパンデミックが治らない中、先日ブラジルはフォルタレザからモルドバのキシナウまで航空機を乗り継ぎに乗り継いで、最後はブカレストからバスに乗って帰ってまいりました。

その旅路の様子を幾つかの投稿に分けて記録したいと思います。コロナ禍での国境をまたいだ移動はお勧めはしませんが、止むを得ず移動する方々へちょっとでも参考になれば、と思います。


その2はこちらから↩︎




前回すでに書いたように、パスポートコントロールを無事に通過して、荷物も無事に受け取り、出口から出るとバス停がありました。

さて、我々はここからバスに乗ってモルドバのキシナウまでたどり着かなくてはなりません。

フランクフルトでワイファイがあるときにちらっとリサーチした情報では、どこかの駅からキシナウ行きのバスが2時間おきに出ていて、


しかもそのバスは空港を通る、とのことでした。


そして、夫のお母さんによると、ブカレストの出口にはキシナウ行きのバスを案内するおじさんがいるという情報も。


しかし、実際に出口を出ても誰もキシナウ行きのバスを案内しているような人は見当たりません。


着いたのが夜中だったからかもしれません。


とりあえず、路線バスの運転手さんに聞くと、この時間はバスを乗り継いでガラ・デ・ノルド(北駅)にいく必要がある、とのことでした。


日中は一本で行けるみたいですが、我々が着いた時間にはその一本で行けるバスは終わっていたのです。


我々は、大荷物を引っ越し作業のように路線バスに積んでガラ・デ・ノルド(北駅)を目指し移動を開始しました。


それまでの道のりは嫁が引っ張っていましたが、夫はルーマニア語が話せるので、ルーマニアでの移動は夫が先陣を切る形となり、嫁はもう長い道のりでスイッチが切れているのでちょうどよかったです。


ブカレストの人は、かなり親切で、我々が外国人でどこで乗り換えれば良いかそわそわしていることをちゃんと見ていて(夫はルーマニア語で道を尋ねることはできてもその答えをきちんと覚えていることが稀。)


ほらここで降りて反対側に渡って何番に乗るんだよ!と何人もの人が一斉に教えてくれ、荷物を下ろすのまで手伝ってくれました。


ルーマニアは、EUの中ではそこまで経済的に発展しておらず、西側に出稼ぎに行くような国ではありますが、


こういった人情に触れると、文化水準と経済が非常に良いバランスで存在している国なのではないか、と感じます。


ホスピタリティというか、、、そこらへんはトルコに似ている。


少しくらいお節介な人が多い方が、私は好きです。


さて、乗り換えですがちょうど目的の番号のバスが通り過ぎた後にたどり着いたのでだいぶ見知らぬ土地のバス停で待たなければなりませんでした。


すでに午前1時は回っていましたからね。そんな時間まで逆に運行しているバスがあることにも驚きです。


待っても待ってもなかなかバスが来ず、とうとう空港で行き方を教えてくれたバスの運転手さんが、彼の運行するバスで通りすがり、わざわざ止まって大丈夫か尋ねてくれました。


その運転手さんは、次は目的のバスは40分後くらいにくるし寒いから自分のバスに乗ってけば?と誘ってくれましたが、夫はここまで待ったから待ちます、と答え、そのまま別れました。



確かにそのバスに乗ったところで余計にややこしくなりそうですものね。


そして、それから40分もかからず目的のバスが現れなんとかガラ・デ・ノルド(北駅)にたどり着くことができました。

ガラ・デ・ノルデ(北駅)そしてアウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)にて


さて、ガラ・デ・ノルド(北駅)に着いたは良いものの、そこにはバスターミナルはなく、鉄道の駅でした。そのことがわかるのに少し時間がかかりましたが、、、



ガラ・デ・ノルド



わかった情報は、チケット売り場は午前4時から開くこと、駅の近くのロータリー的なところに午前4時くらいからバスの運転手さんが集まり始めることなどなど


しまいにはタクシーの客引きにキシナウ行きのバスは空港からしかでないから空港まで乗せてってやるだとか、空港まで行ってバスがなかったら払わなくていいだとか

よくわからない話を持ってこられ、


今はとりあえず大丈夫だと断ると、警備隊のようなものを装ったそのタクシーの客引きのグルっぽいおばさんに、ここに何しに来たんだ、バスは空港からしか出ないよ、と言われ、


周りにはジプシーと思われる家族、アルコール中毒っぽいおじさんがちらほら、麻薬の取引をするかのようなグループ、プラットホームを横切るドブネズミ、、、。


早く、夜よ明けよーーーー!!!と思いながら夫を情報収集に行かせ荷物番。



結局飛んでたフリーワイファイから、インターネットで検索。どうもこの駅からは出てないらしい、、、となり、


キシナウからのバスを検索すると全部アウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)からってなってる、、、となり、


なんで最初に空港で聞いた時、ここに案内されたんだろう、、、という疑問を抱きつつ、最初からインターネットで細かく調べておけばよかった、調べさせておけばよかった、私の指示だしミスだわ、などと反省もしつつ


もうこうなってしまったのだから仕方がない、と


そのバスターミナルへ行くバスが駅の裏から出ている、とのことだったのでえっちらおっちら再び移動。


バス停に着くもバスの始発が何時かわからない。


あ、タクシーが信号待ちしている、、、アウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)までいくらですか? 25レイ、、、手持ちある、、、お願いしま〜す。


といった感じでタクシーでアウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)まで行きました。
入り口は、小さい。

中は、、がらんとしていた、、、



はい、これでやっとキシナウ行きのバスにありつける、、、、!!と期待するも、


バスターミナルには誰もおらず、、、というのも午前5時。


誰もいない、、、(と思いきやホームレス氏が寝ていた)

しかも絶賛コロナウイルスパンデミック中。。。


奥の方にいたタクシー運転手に話を聞くと、キシナウ行きのバスは8時にあるが、乗客が少なかったら運行せず、残りは午後1時のみだ、ということ。


全然2時間おきに出てない!!


やはりコロナウイルスによる影響はデカすぎる。。。


とりあえず待つしかないのでベンチに座って夫の膝に横倒しになった嫁は1時間くらい気を失ったように寝てしまい。


その間、夫はちゃんと起きていて荷物番をしており、


さすがに夫も疲れているだろうと、起きてからは今度は私の膝に横倒しにしてやり


ちょっと一休み。


朝、8時近くになっても結局運転手は来ず、出勤してきたチケット売りのおばちゃんに聞くとやはりキシナウ行きのバスは午後1時のみだという。


大荷物のぐったりしているアジア人とモルドバ人の若者におばちゃんは気を使ってくれて、荷物チケットオフィスにおいていいから、朝ごはん食べてきなよ、裏に美しい公園があるから散歩でもしてきなよ、と言ってくれました。


ああ、久しぶりに触れた人情、、、!ルーマニアなんか気に行ってきたぞ!!となり、


それでも重い腰がなかなか上がらず、行こう行こうなんて言ってるうちに1時間くらい経っており、そうこうしているうちに


一仕事してきた朝に会ったタクシーのおじさんから、10時にキシナウへのバス出るってよ!と情報が入り


続いてチケット売り場のおばちゃんにも、10時にバス出るってよよかったじゃない!と言われ


運良く?朝10時のバスでキシナウに向かうことができたのであります。


支払いは、運転手さんに直接。我々はユーロで交渉し、2人と大荷物で60ユーロ支払いました。


アウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)でのトイレは、チケット売り場のおばちゃんに2レイだったか1レイだったかを払って鍵をもらって、用を足したら鍵を閉めて返す、というスタイルでした。


でもこれは、この時期ならではなのかもしれません。




国境にて


ルーマニアから出る時のパスポートコントロールでは案の定特に何も要求されず、空港で書かされた紙はまだ私の手元にあります。


モルドバに入る時のパスポートコントロールでは婚姻証明書を提示して何の問題もなく通過できました。


ただ、夫の荷物の自転車は調べられました。モルドバの陸路のパスポートコントロールは盗まれたものがよく入ってくるためか、はたまた彼らのポケットを膨らませるチャンスを狙っているためかわかりませんが


自転車を持ち込むときは大変厳しいです。自分のものであるということを証明できるように登録してあれば良いのですが、


夫の自転車は競技スポーツのもので、道路の移動用ではないし、フレームも複数あるし、車輪も複数あるし、何をどこへどう登録すれば良いのか実質難しいところがあります。



あ、モルドバに入る時に、バスの運転手さんから渡された用紙に、発熱の有無やどこの国からトランジットしてきたかなど結構細かく書かされ、そしてその紙を提出しました。


よく、入国してから14日間は自宅隔離をしなければいけないとどの国でもされていますが、私たちがモルドバに入った時、そのような文言はその用紙にはなく、また誓約文も書かされていないないので、


入国した次の日から街をうろついています。もうそういう措置を取っていた時期は過ぎたのかな、と解釈しております。


街中でも、取り締まることはやっていません。


ルーマニアのバスからの風景

ルーマニアのバスからの風景2


ルーマニアのバスからの風景3


姑さんが用意してくれたおかえり夕食


終わりに

はい、4回にわたって今回の旅路を書いてみました。思い返してももう2度と歩みたくない旅路でございます。


後々良い思い出になるんでしょうけれども。


新型コロナウイルスのパンデミックが収まっていない間は、海外への渡航はお勧めしません。


非常に飛行機やバスの運行が混乱しているからです。


そもそも、ブラジルがやはりめちゃくちゃ遠かったんです。笑。


モルドバのキシナウでは、再びバザールが閉鎖してました。


何しろ目に見えないものなので実感はないのですが、まだまだ気を抜いてはいけない時期なんだろうなあ、と今日閉鎖されたバザールの横を通り過ぎながら思いました。


その2はこちらから↩︎

2020年10月2日金曜日

フランクフルトからブカレストまでの航空路。新型コロナウイルスが蔓延する最中の航空機での私の移動体験談その3


こんにちは、ぽんたです。

まだまだ新型コロナウイルスによるパンデミックが治らない中、先日ブラジルはフォルタレザからモルドバのキシナウまで航空機を乗り継ぎに乗り継いで、最後はブカレストからバスに乗って帰ってまいりました。

その旅路の様子を幾つかの投稿に分けて記録したいと思います。コロナ禍での国境をまたいだ移動はお勧めはしませんが、止むを得ず移動する方々へちょっとでも参考になれば、と思います。

その2はこちらから↩︎






フランクフルトからブカレストまでの航空路

新型コロナウイルスの治らないパンデミックにより、現在ブカレストからキシナウまでの航路は閉鎖されており、10月25日からしか再開しないとのことで、


それでもチケットを新しく買い直すよりかはTaromのオペレーションで行けるところまで行った方がものすごく経済的なので

(新型コロナウイルスのパンデミックによる航空機の混乱の為、Taromはチケットを購入した日から1年間追加料金なしで予約の変更が可能とのこと。おそらく他の航空会社もそんな感じなのかと思いますが、、、)


フランクフルトからブカレストまで飛んで、ブカレストからはバスでキシナウまで行くことに決定しました。


フランクフルトのターミナル1で(ターミナル2は閉鎖中でした。それくらい飛行機が飛んでない。)一夜を過ごし、お昼を過ごし、


夕方ようやくチェックインして荷物を預けます。


またもや、チェックインカウンターで最終目的地と婚姻証明書を入念に確認されました。今回はブカレストまでのチケットだけれども、もう飛行機が飛んでないからそこからバスでキシナウに向かう旨を説明し、


再び自転車のエクストラバゲージの料金を払い(くそ高え)、チケットを無事もらい出発ゲートへ。


そういえば、フォルタレザからの国内線とリオからアムステルダム経由フランクルトまでに使用した航空会社KLMは、チケットにグループが書かれていて、


グループ順にゲートにて呼ばれて機内に入るようにオーガナイズされており、機内でぐちゃぐちゃと人が混雑するのを多少緩和するようにされていました。


できる限りソーシャルディスタンスが取れるように工夫されているのかな、と感じました。


しかしながらTaromは気にしていないか、乗客数が少ないのかわかりませんが、グループに分けることなくわらわらと乗客が入場しました。


長い列を割と重めの機内に持ち込む荷物を背負って牛歩しなければならなかったので、


パンデミックが治まっても、グループを分けて乗客を機内に搭乗させることはあった方が良いシステムだとこのとき思いました。


その方がわざわざ立って長い列を待つ必要もないですし、機内でもぐちゃぐちゃしなくてスマートですし、、、。


さてブカレストに着いて、再びパスポートコントロールです。

今からバスでキシナウに向かうこと、二人は結婚していることを書類を持って説明しました。


すると今度は全員ではなく外国人の私のみが書く必要のある書類があるらしく、


それは今まで書かされた書類のようにどこの国を通ってきて、どの飛行機に乗って、発熱や咳くしゃみなどの症状があるかないか、そしてトランジットのためにルーマニアに来たなどを記入するものでした。


モルドバとの国境でルーマニアから出るときに指示があればこれを提出するように言われました。おそらく何も聞かれないと思うけど、とも言われました。



そういえば機内食、、、


そういえば、機内食がTaromの飛行機ではでませんでした。サンドイッチくらい出るかな、と期待していたのですが、、、。

フォルタレザからリオへの国内線でも水しか出ず、しかも何も言わなければ何もくれませんでした。


リオからアムステルダムへのKLMでは選択肢のない肉なしパスタの夕食と、あとお菓子や果物が入ったおやつパック(これは大サービスに感じました。)、そして朝食のクロワッサン1個が出ました。

見づらくてごめんなさい。。。機内で出たおやつパック。


どの航空会社も節約、節約、という感じを受けました。この時期やはり大変そうです。しかしこの時期にきちんとした対応ができるか、も今後の利用客獲得に大切だとも思います。


だって私はもうアエロビレットを使わないって決めたのですから、、、。あの対応は本当にひどい。




2020年9月30日水曜日

ブラジルのフォルタレザからリオデジャネイロ経由、アムステルダム、フランクフルトまでの航空路。新型コロナウイルスが蔓延する中での私の移動体験談その2


こんにちは、ぽんたです。

まだまだ新型コロナウイルスによるパンデミックが治らない中、先日ブラジルはフォルタレザからモルドバのキシナウまで航空機を乗り継ぎに乗り継いで、最後はブカレストからバスに乗って帰ってまいりました。

その旅路の様子を幾つかの投稿に分けて記録したいと思います。コロナ禍での国境をまたいだ移動はお勧めはしませんが、止むを得ず移動する方々へちょっとでも参考になれば、と思います。





目次


フォルタレザの空港からリオデジャネイロ

まず、本来ならばフォルタレザからアムステルダムへ直接飛べるはずだったのですが、新型コロナウイルスのパンデミックに伴い航空路線が大幅に運転を見合わせているようで、


フォルタレザから一切のエアフランスの航空路線撤退しています。ちなみに他の国際線も我々が行った当初は全く動いている気配がありませんでした。


国際線チェックインカウンターはがらんとしておりました。


10月に再開する予定だそうですが、詳しい日時は知りません。そのため、我々は一度ブラジルの首都、リオデジャネイロへ飛ばなくてはいけなくなりました。


チェックインの際は、英語ができる係員に手助けしてもらいながら入念に書類の確認をされました。

ここでいう書類というのは、我々が行く先々で入国を許可されるかのチェックでして、我々を大いに助けたのは婚姻証明書でした。


あと、我々のフライトスケジュールはキシナウまで一気に乗り継ぐのではなく、フランクフルトで一旦荷物を受け取る、という特殊なものであったため、


最終目的地であるキシナウまで行く、という意思表示をする必要がありました。


キシナウに家があるんだ、ということと、印刷してあったもう間に合わないチケットを見せることで意思表示をすることができたと同時に、飛行機のチケットがキャンセルになったり変更になったりしてこっちも大変なんだアピールをすることもできました。


夫はモルドバ人ですが、同時にルーマニア国籍も保持しているのでEU圏に入るのには問題はありません。


ところが嫁の私は日本人でヨーロッパのいかなる国にも居住許可を持っておらず、モルドバの居住許可証も先月期限が切れてしまいました。


パンデミックの前は日本人はシェンゲン協定国に入る際ビザの取得が免除されておりここまで厳重にチェックされることはありませんでしたが、


パンデミックの最中の移動はそう簡単にはいきません。


不要不急の移動は入国拒否される可能性が無きにしも非ずなのです。


そのため、その国に入国するには何か強い理由が必要となります。


幸い、我々はモルドバでの居住許可証を申請することをきっかけに、正式に夫婦として書類を作っていました。


もともと、結婚なんてただの紙切れ、婚姻届を出そうが出すまいが2人は一緒にいるのだから特に変わりはない、というような考えの二人でありました。


ただ、国籍が違ったものですから、居住許可を取得したり今後違う国に移住などする際に証明できる紙があった方が良いだろう、となり結婚したのであります。


その紙切れが今回本当に役に立ちました。


家族であることを客観的に証明できる書類を作成することは結構大切なことなのだな、と感じました。


二人が結婚していることで、入国が確実に許可されると判断されフォルタレザでのチェックインカウンターにて無事に荷物を預け、チケットを受け取ることができました。



リオデジャネイロでの乗り継ぎでは、フォルタレザと違い寒さを感じました。フォルタレザからリオデジャネイロへは国内線でしたので、荷物は受け取らないまでも、街中を散策できる可能性はありました。


飛行機を降りて出口を出て国際線の乗り場に行く際、タクシーの運転手さんがいましたが


私はフランクフルトからキシナウまでのフライトの調整をしなければならなかったため、


それどころではない、と結局リオの街へは繰り出しませんでした。


空港は古く薄暗い印象を受けました。


お昼を食べて、パスポ−トコントロールでも時間がかかるかもしれない、と早めにゲートへ向かいました。
リオでのランチ。なかなか美味だった。



というのも、我々の滞在日数は当に90日間を過ぎており、オーバーステイにもほどがあったからです。


我々は、カランティンの最中に滞在日数が切れており、ショッピングセンターの中にある移民局へショッピングセンターが再開した際行き観光ビザを延長できるかを確認したところ、


パンデミックが終わったら延長できます、とのことでした。(ちなみに夫はルーマニアのパスポートなのですが、ルーマニアのパスポートを持ったモルドバ人は観光ビザを延長できないみたいでした。この点につきましては、パンデミックに助けられた形となっています。)


パンデミックの最中は滞在日数の数え方が特殊になっているようで


私が移民局で認識した限りではパンデミックが続く限りオーバーステイにはならない、ということでしたが、


パスポートコントロールの人が同じ認識をしているとは限らないので、早めにパスポートコントロールへ向かったのであります。


結局パスポートコントロールでは、我々二人分のパスポートを持って担当の人が一旦奥へ確認しに行き、戻ってきて何も言わずスタンプを押し、ゴーサインが出ました。


みなさんパンデミックのせいで飛行機がすったもんだしているのをご存知のようで、何も問題なく出ることができました。


我々より少し前にロシアへ出国した知人は、再びブラジルに戻ってくるときは保険に入っている必要がある、と言われたそうです。


ちなみにその知人はPCR検査をフォルタレザで受けてから出発したそうで、ロシア入国には必要なのかもしれません。


アムステルダムの空港にて


アムステルダムの空港では、ただのトランジットなのにもかかわらずパスポートコントロールを通らなければいけませんでした。



一番最初のEU加盟国なのでパスポートコントロールが必要なのかなぁ、と思ったのですが、その後のフランクフルト、ルーマニアでも同様でした。


やはりパンデミックの最中ではシェンゲン協定国内でも国境がある様子が伺えました。


そこでも、古いチケットを見せ、最終目的地はキシナウであることと、飛行機が飛ばなくてこの日程では飛んでいないことと、婚姻していることを婚姻証明書で示して突破することができました。


リオデジャネイロにて飛行機に搭乗する際に渡された紙があって、それはオランダに入る際に必要な用紙で、内容は、発熱、咳、くしゃみなどの有無、フライト番号と座席、名前、などを記入させられました。


でも結局その用紙はどこにも提出しませんでした。トランジットだったからですかね。


チェックする警察もパンデミックで混乱しているのを毎日見ているのでしょうか、やんわりとした雰囲気で良い旅路をなんてねぎらいの言葉までかけてくれました。


アムステルダムの空港は本当に快適で、新しい図書館のような雰囲気があり、仮眠がとれるサンベッドのようなものもたくさんあって、


我々はラウンジでもないのに2時間ほど仮眠がとれました。本当に助かりました。

完全なる防護服を着た乗客がちらほら。マスク着用義務以上のことがある国があるらしい。


さすがアムステルダム。まじかっこいい。the time is now for gender equality.ってわざわざ空港の壁に書けます?これぞオランダ。まじで惚れる。



フランクフルトの空港にて

機内で渡された用紙にまた記入させられました。今度はドイツに提出する用の用紙で、オランダ用のものよりもより多くの情報を書き込む必要がありました。


パスポートナンバーやフライト番号、座席番号に加え、緊急時の連絡先、住所などなど書かされました。


しかしこれもまた、特に提出することなく過ぎました。


フランクフルトの空港に着くと、またもやパスポートコントロールを通らなければなりませんでした。


そういえば、アムステルダムに入る時にパスポートコントロールを通りましたが、出るときは通りませんでした。



フランクフルトでのパスポートコントロールでも同じように古い航空券と最終目的地、婚姻届を提示するとすんなり通過できました。


今、確認したところ、アムステルダムで押されたスタンプには入国を示すスタンプ、フランクフルトで押されたスタンプは出国を示すスタンプがなぜか押されていました。なんでだろう、、、?


フランクフルトでは、かなり精神的に喰らいました。フランクフルトからキシナウまでの航空券をなんとかしなければならなかったからです。



連絡を取っていたルーマニアの航空会社taromによると、taromの落ち度でフライトが変更になったわけではないため、



tarom以外の航空会社の運行する便にフライトを変更することは不可能で、しかも、現在ルーマニアのブカレストからモルドバのキシナウへ飛行機は飛んでいない、ということがわかりました。


つまり、フランクフルトからブカレストまでは飛べるが、そこから先の便はない、10月の25日からしか飛ばない、ということが発覚しました。


この時私は、フランクフルト空港内にエアモルドバのトラベルエージェンシーが、あるに違いない、と根拠のない自信をまだ持っており、


5万弱払うことになってしまうが、乗り継ぎなしで1本で帰れる、とたかをくくっておりました。


そのため空港内をうろうろし、探し歩き回りましたが、フランクフルト空港を牛耳っているのはルフトハンザで、それ以外は複数の航空会社を取り扱うチケット代理店で、しかもエアモルドバを扱っている代理店は見当たりません。



試しに一つの代理店に尋ねてみると、ミンスク経由で10万円が一番安い、と言われ、


ミンスクなんて今の時期情勢的に乗り継ぎでも何が起こるかわからないし、まず、そんな値段の航空券、買えない、、、となりました。


次に私が考えた案は、エアモルドバのウェブサイトからカードでチケットを買うこと。


調べてみると、ありました、三日後。3日間、フランクフルトのどこか空港に近いホテルに滞在し、


三日後にダイレクトの飛行機に乗って帰る、という案です。


費用はかさみますが、フランクフルトの街もぶらっとできるだろうし、ちゃんとベッドで寝れるだろうし、仕方がないかぁ、、、と思いチケットを買おうとしました。


しかし、私の持っているクレジットカードのセキュリティシステムに引っかかり、買えませんでした。

今思えば、あの時買えなくてよかった、無駄な出費をしなくてよかった、と思えますが、



その時は最後の砦がなくなった、と途方にくれ、フォルタレザに1ヶ月残ってもう少し働いていればよかった、、、と本当に後悔しました。


エアフランスに電話した時に、急がないで、慌てないでtaromからの連絡を待ってすべての情報を整理してから考えればよかった、と深く後悔しました。


結局帰れた今は、ああ、あの時出発して逆によかったのかもしれないなーとか思えますが、


フランクフルトでのあの瞬間は、長旅の疲れもあるしどうしたら良いかわからず、本当に後悔してしょげてしまいました。


独身時代の私は多分数時間は立ち直れずにただただ途方にくれていた気がします。


ただ、今回は夫がそばにいたため、そしてずーっと横にちょこんといた夫が、傍で涙する嫁を見て、どうしたもんか、と頭を巡らせ、


実は最初に荷物が多くて無理だと消去したブカレストからバスでキシナウまで帰る案を再度選択肢に上げ、おそらくこれが今のベストの選択肢だと決断を下しました。



それを受け嫁はtaromへ翌日のブカレストまでのチケットの予約をしてもらえるようにメールをしたのであります。


ただ、営業時間がすでに過ぎていたため、返事は翌日、フライト予定日の当日になります。


祈るようにフランクフルトの空港のベンチでその日の夜を過ごし、翌日の日中も過ごしたのでありました。


そして、翌日のお昼頃、チケット取れたよ、と連絡が来て、その日の夜のフライトでブカレストへ向かったのでした。
フランクフルトの空港の虹。この時、ちゃんと家まで帰れる、と思った。




考察

この時期のフライトはキャンセルや変更になることが日常茶飯事のため、こまめにチェックすることが必要です。


乗り継ぎがある場合は分割しないでなるべく1回のオペレーションで最終目的地まで予約することが無難だと思いました。


そして、アエロビレットは使わない方が良いです。フライトの変更が多いこの時期チケットがパアになる可能性があります。



信用できる航空会社、および代理店からチケットを購入する必要があると思われます。


居住許可証を持たない国に観光目的で入るのは新型コロナウイルスのパンデミックの時期は非常に難しいと思います。


仕事や留学、配偶者の元へ行くなど、何か強い理由と、それを証明する手立てがない限り、トランジットでも入国を拒否される可能性があるのではないか、と感じました。


また、それを証明する書類を手荷物に持っておく必要があります。