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2023年1月19日木曜日

Greenwich park(グリニッジ公園)Cutty Sark周辺をお散歩してきました。2023年1月19日

 こんにちはぽんたです。

今回の投稿では私のお気に入りの公園というか、タウンの一つCutty Sark周辺、Greenwich park(グリニッジ公園)周辺について紹介がてら、日記がてら、書いていこうと思います。


ロンドン旅行を考えている人、住んでるけどこっちの方まだ来たことないわ、っている人の参考になればいいな、と思います。



ここは私がたまにブラブラしにくるお気に入りのエリアです。グリニッジ天文台があるところなので、観光でも来たことがある方も多いかもしれません。


ちなみに私はまだ天文台の中に入ったことがないです。プラネタリウムがあるらしいので機会があったらはいってみたいのですが、まだその機会を作ってはいません。


もし詳しい方いらっしゃいましたら、コメントで教えてください。


さて、まず今日のロンドンの気温ですが、今週は寒いです。最高温度4度でした。でも晴れでしたので、よかったです。笑。


服装に関しましては、太めのジーンズの下にモコモコスパッツを履き、薄い靴下とモコモコ靴下、靴はまあ冬仕様。


上はキャミ、ロンT、薄手のニットに薄手でも羽毛のジャンパー、1重ニット帽に耳当て、しっかりマフラーに薄い手袋、って感じで大丈夫でした。


厚手のニットをジャンパーの下に着てしまうと私は脇汗をかいてしまって、あとでそれが冷えて気持ち悪いので、


薄手のものを重ねて体温調節が可能なくらい、じっとしてたらそりゃ冷えるけれども、歩いていれば大丈夫くらいな服装が丁度良いのでは、と思っております。


さてさてそれでは写真を交えながら今日のお散歩コースを紹介していきます。


今日のお散歩の出発地点はこちら。DLRという東ロンドンの地上を走る電車の路線の駅、カティサーク駅です。

Cutty Sark station 

この写真は帰りに撮ったものですが、メイン的な入り口が半分閉じています。よくラッシュアワーに向けてロンドンでは片方を入り口にもう片方を出口に、交通規制する傾向があります。入り口が狭いからね。


私は今日こっちがわからでてきたのですが、地上に出るまで階段が長かったので、エレベーターがオススメ。ちなみに英国ではLiftって言います。エレベーターじゃないんです。



DLRに乗るときはこの機械の黄色いところにカードをタッチします。ワイファイマークの付いているクレジットカードでも大丈夫です。


タッチしなくても乗れます。が、割と私は高い確率でチェックする人に遭遇、そしてバレてしまった人に会います。


あと、使用する駅によってはゲートを通らないといけないところもあるので、忘れずタッチした方が余計な心労がないか、と。


一回うっかり忘れてしまったことがあるのですが、そんなときに限ってゲートの出口だったりして、3倍くらいの料金とられました。でも罰金よりはだいぶマシ。


ちなみに夫はわざとじゃなくて、普通に不注意で忘れがちです。


まずはグリニッジ公園へ直行。

ブログを再開しようと思い立ったのがカフェだったので、カフェ前の写真はありません。

グリニッジ公園からの景色のひとつ。

この公園は国立海洋博物館や、大学の向かいにあり、少し小高い丘になっていて、ロンドンの中心部を眺めることができます。


そして反対側にぬけて、原っぱを横断すると、blackheathという小さいエリアですが小洒落た雰囲気のお店やカフェがある街があって、そこも私は好きです。今日はそこまで遠出する気にはなりませんでしたので行きませんでしたが。


公園に入って私は左側に行きました。そこにも小高い丘があって、しかも人は少なめなので一人の時間を楽しみながら都会を眺めるのにはうってつけの場所があります。


そこで一息ついたあと、小腹が空いたので天文台の前のコーヒーキャビンでコーヒーでもかって、下におりてグリニッジマーケットでイスラエルのピタサンドでも食べようかなーと思っていたのですが、

そのコーヒーキャビンの手前でパビロンカフェを発見し、

あれ、前は営業しているの気づかなかったなーと興味が湧いてきて、


メニューを眺めていたら、ますます興味が湧いてきてしまって、ここでガッツリ飯をいただこう、と入店しました。


ロンドンのお店って、モルドバでもそうだったのですが、営業しているのか、していないのか、非常にわかりにくいです。


店内の明かりの照度が低いのか、窓が小さいからか、ドアが開いていないからか、西日で反射して店内に人がいるのか否かわからないからか、原因はいまいちわかりませんが、


私は初めてのお店に入るのに非常に勇気がいります。


それでも意を決して入ると、とてもいい感じの店員さんたちの居心地の良い空間でした。


パブでもそうなのですが、だいたいイギリスではまず、座席の確保が先なようで、

二階にも座席があったので今回は二階に。そしてテーブルに番号が付いています。付いてないおみせでは大抵番号フラッグみたいなのをもらえます。


看板で見たものを注文して、何番のテーブルかを伝えます。すぐ出てくる飲み物は自分で待って持っていくパターンもありますが、食べ物のときはお店の人が大抵持ってきてくれます。


テーブルで待っていると、さっきの店員のお姉さんがやってきて、私が看板で見たものは古いメニューだったようで、そのメニューないんだって、とのこと。新メニューになったばかりのようで、お姉さんもうっかりだったようで。


新しいメニューをみながら、チキンが食べたいんだけど、、、あれでもカレーしかない〜どーしよっかなーというゆっくりな過程もなぜか付き合ってくれる珍しい優しいお姉さんで、


おそらく彼女はロンドン出身ではない気がする。エセックス出身のお友達に似た雰囲気だなぁ。


結局ビーフのハンバガーとポテトのセットにして、値段は1ポンド高いはずなんだけど、お姉さんがそれは大丈夫、ごめんね!って感じだったので、ラッキー!


持ってきてくれたお兄さんも、ソースいる?って聞くからいるっていっちゃうじゃない、そしてちゃんと階段上り下りして持ってきてくれた。


他の店員さんの気遣いも優しいかったなー!

パビロンカフェ

と好印象だったので、ここでフラットホワイトをマイカップでテイクアウェイすることに


ちなみにテイクアウトのことを、こっちではテイクアウェイって言います。


初めてこの表現にであったのはエジプトだったのですが、え、なんか持ってけ!!って言われてるような感覚でおかしかったのですが、


あら、エジプトはイギリス英語でしたのね。
グリニッジ天文台前からの景色

はい、そしてこちらが歴史的建造物を小高い丘から眺めた景色でして。


ロンドンは結構乾燥しております。そんなロンドンの晴れたときの空の色。ダリの背景にそっくり。ヨーロッパの緯度、気候の空って感じで、また日本の空、トルコの空、イスラエルの空モルドバの空とはまた違うような。


グリニッジ天文台

はいこちらが天文台の一部。

丘を下って、地図上でみた気になるところ、トラファルガーロードに行ってみることに。


、、、あ、現実的なロードだった。ちょっと寂れているというか。

路上生活者がいる、というかどこにでもいるんだけど、ここにはいていいよ的なエリアでした。

ちなみにロンドンでは泥棒が入ったくらいじゃ警察は何もしてくれません。


被害届みたいなものに登録するくらいで、電話でやりとりするだけで警察はわざわざ事情聴取にきてくれたりドアの様子を見にきてくれたり指紋を採りにきてくれたり、近所の防犯カメラをチェックしてくれたり一切しません。


我々の方から防犯カメラのデータを提供しない限り、これ以上の捜査はできませんとメールがきます。


泥棒でいちいち動いていられるほどロンドンの警察は暇ではないようです。笑


路上で電話をしていると自転車にのった輩にとられたり、何か案内をされる感じでテーブルの上にのった携帯電話をとられたり、口の開いたカバンからアイパッドを抜き取られることはザラです。


あとすぐ自転車も盗まれますので、いろいろ気をつける必要があります。


泥棒が多すぎます。笑。



そんなことを思い出すような道でしたが、面白そうな建物がありました。それでもこれが今何に使われているのかは近くにいってもよくわかりませんでした。




はいこれがそのロードの様子です。ロンドンの大半の地区は実はこんな感じです。トルコの田舎街の中心部のような、ブラジルの富裕層でない地区のような様相です。


きらびやかなのはほんの一部、あとはほぼほぼこんな感じです。たまにアラビアの国に来たようにしか思えない地区もあります。


ここの通りにzaibatsuというすごい名前のお寿司屋さんがあったのですが、行ったことある人いますか?気になる。


テムズ川(グリニッジ側から)

そうそうに寂れた通りをテムズ川の方へ折り返し、川沿いを歩いてカティサークの方へ戻りました。

さっきとは反対側からの歴史的建造物。大学、カレッジだそうで。こんな建物、、、羨ましい。

いくつかの大学とカレッジがあるらしい。

そしてこちらがカティサークです。博物館になっているようです。私は中に入ったことはまだありませんが、、、


カティサーク


そしてグリニッジマーケットを通ります。

グリニッジマーケット

グリニッジマーケット

ここは月曜日に来てしまうとほとんど何もありません。一部のお店だけかろうじてあいてます。

今日は木曜日でしたので、まあまああいてます。クリスマス期間はもっとすごかったです。

アンティークな雑貨からハンドメイド雑貨、ストリートフードの屋台などがあります。

ここの周りにもオシャレなカフェがいくつかあるので、いろいろ探索しがいのあるエリアです。

そして私の今日のこのエリアの最終目的地はここ!

Dark sugars

オープンしたての頃に来たときよりはるかにお客さんの数が多かった今日、何やら取材のカメラとリポーターまでいました。

グーグルマップだと、dark sugars cocoa house-flagship storeで表示されます。
中に入るとこんな感じ





ショコラってジョニーデップも出てる映画みたことあります?まさにそんな感じなチョコレートたちがならんでいるのです!

袋に詰めて買ったり、箱にも詰めれるみたいです。ホットチョコレートもあるし、お二階はバーになっていたような、、、。去年来たときはまだ改装途中でしたが。


ちなみにこちらではココアって言っても誰もわかってくれなくてホットチョコレートって言います。そもそも違うものなのかな?

量り売りが主流です。
値段はもちろんお高め、私にとっては笑。



こんくらい買って8ポンド弱。。。ですが、お口の中でとろけるトリュフ的なものばかりでそれぞれ味が違うやさしーい甘さのしっかりカカオ味なので至極の時間をおうちで味わいました。

夫は、完全に豚に真珠という言葉が頭に浮かぶ感じなのですが、携帯を片手に食べ始めたので少し怒りを覚えました。笑。


しっかり彼が何を食べたか見張り、均等になるように、あなたはあとこれとこれね、と指示を出しながら食べました。


嫁がせっかく二人で食べようと特別なチョコレートを夫の顔を思い浮かべながら選んで買ってきたものなので、(そして家に帰っても独り占めせず彼が来るまで手をつけなかった)もう少しそのチョコレートの味を味わって食べて欲しい、といつも思います。


どうせ、甘い、だけしか感じ取れないのかもしれませんけど。


まあ、お仕事で疲れているのでしょうから、あんまりいじめてもかわいそうなので愚痴も程々に好きなようにしてもらいますけれども。


そんなこんなで、ものすごく長々と書いてしまいまして。いつもこうなっちゃうのですけれども。

最後までお読みくださった皆様、どうもありがとうございます。




2022年1月8日土曜日

ロンドン生活手記シリーズ

 ロンドン生活手記シリーズ

ロンドンアイとその周辺の景色


すっかりブログ不精になった私の次なる作戦は、パソコンにつらつら書きためたものをこちらで紹介する作戦です。文体は、です、ます調ではなく、で、ある調で失礼いたします。

私がどのような目線でロンドンを、世間を見ているのか、ご興味のある方に覗いていただければ、と思います。





2022年1月6日木曜日

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より前編

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より前編

こんにちはぽんたです。

やはり、ブログの更新が滞っています。他のものに興味とエネルギーが移行していたのですが、それが少し戻ってきたのと、細々とでも続けられるような形を模索した結果、やはり日記というか、手記というか、自分が考えていることをつらつらパソコンに書きためて、それをここに転載する、という形で近い間はやってみようかな、と思っています。

そのため、文体はです、ます調ではなく、で、だ調になりますが、赤の他人の日記を覗いているつもりでご興味のある方に読んでいただけたら、と思っています。

それでは、2022年の1月6日の手記前編スタートです。(後編はこちらから)


セントポール大聖堂とクリスマスツリー




2022年1月6日


夫がロンドンに来て1年が経ち、私が本格的にロンドンに腰を据えて7ヶ月は経った。二人で生活をし始めてから2度目のショーの仕事のない年越し。


もう二人ではステージに上がることはないかもしれない。 ショーの仕事は彼にとって絶大なストレスだったらしい。


人前で恥をかきたくないのか、見栄っ張りなのか完璧主義なのかはわからないが、トライアル自転車はかなりデリケートであり、ブレーキの中の小さな輪っかのメタルに亀裂が入っただけでショーアクトが続行できなくなってしまう。


実際に数回ほどステージの上でそんな窮地に陥ったことがあり、途中でお辞儀をして引っ込んだことがある。




一方この私は、まだまだステージに上がりたい欲があり、いろいろと嗅ぎ回ってトレーニングも続けているが、このご時世と、自分の怠惰な部分もあってまだまだ良い機会にたどり着けてはいない。 


そうそう、先月あたり、とあるコンテンポラリーサーカスのオーディションに参加してみた。結果はダメだったけど、見た感じ、自分のレベルはそんなに悪くなさそうだった。


今回は残念だったけど、そもそもノルディック系のルックスを探しているところに書類とビデオ審査が通ったということもおかしな話で、まあ、ロンドンにこんな奴がいますよ、とご挨拶できて自分のバイブスを生で見てもらってグループワークでも同じ時間と空間をシェアできたので、とても良い機会をいただけたと思っている。



そして去年の暮れにもう一つ新しいこと、そうそれはホメオパシーのコンサルテーションを受けてみたこと。幸いなことにこっちで活動している日本人のホメオパスに出会い、色々話してレメディを処方していただいた。



レメディを処方していただく以外にも、腸内環境のことや免疫のことなどを説明してもらい、知人からシェアしてもらっていた情報と合わせてさらに自分の体のことをより近くマッピングできたような、点と点が繋がったような感覚になれた。

今までホメオパシーの家庭的なケアの本を自分で読んで適当に試してみていた自分が、なぜ今回コンサルテーションを受けるに至ったか、というと、メンタル面がどうにも自分で制御するのが困難になってしまったからである。


それまではかわせていた、気にしないで入られた、気づかないふりができていたことが、ロンドンの情勢も相まって、悲しみが抑えきれなくなってしまったのである。


電車に乗るのが辛くなって怖くなってしまい、せっかく友達になれそうだった人も一歩踏み出せなくなってしまうような、そんな状態に陥ってしまったので、誰か話がわかってくれそうな人に相談してみようと思ったのである。


ここでいうロンドンの状況とは、去年の7月19日以降取っ払っていたはずの顔を覆うあの忌々しい布の交通機関や店内での着用義務を政府が再び制定したこと。


それに伴い、何らかの理由があって着用していない、着用できない人に対して余計な目線、リアクションをする人が少なからず出てきたこと、店の対応、店員の塩対応、警察からの圧力などなど、直に肌で感じる圧力に私のメンタルは崩壊寸前となってしまった。


私は、自分の体をとても愛している。たとえこの世界がバーチャルで肉体はただのアバターであったとしても、やはりこの世を共に渡っていくベストパートナーであり、彼女が不快に感じることは何としても避けたい。


私の体があの布は息苦しくて嫌だ、ジメジメして気持ちが悪い、パンツ被っているみたいだ、汚らしい、というならば、私はそれを彼女に着用することを強要してはならない。



メンタルヘルスを崩すのは時間の問題であるため、自分の健康を守るためにあの忌々しい布切れは着用していなかった。まあ、どっちにしてもメンタルヘルスを崩してしまうのだけれど、、、。


イギリス政府のガイドラインにも書いてある。メンタルヘルス、身体機能に問題がある場合は着用しなくて良いと、そのために特別な医師の診断書も必要もないし、正式に何かを表示する義務もない、と。


政府のガイドラインはいたって良心的なものだった。しかし残念ながら巷の人間、警察はそんなガイドライン読んだことがないのだろう。


これはイギリス人を高く評価していた自分をだいぶ悲しませた。もちろん、多くは人間の身体、価値観は人それぞれ、私は私、あなたはあなた、個人の選択に基づいて行われるべきだ、という考え方で行動している、と私は感じているが、中にはやはり野暮な人間もいる。


ロンドンにもこんな恥ずかしい人間がいるんだなあ、と感じたと同時に、彼らの邪視の対象になってしまうことによってもさらにメンタルヘルスがやられてしまった。


そんなこんなでホメオパシーのコンサルテーションに申し込んで、そしてface covering exemptionのバッジもe-bayで購入した。


このバッジについては、そんなものつけなくてもこっちの人はわかってくれるだろう、と思っていたので手を出すのも馬鹿馬鹿しいと思っていたのだが、いよいよそんなことも言えなくなってきたので、落としてなくしても大丈夫なように幾つか購入した。


つけ始めると、あ、何か理由があってつけてないのだな、となるらしく、店員には優しく対応されるし、野暮な目線も受けなくなったし、ふむふむみんな目に見える印がないとわからない、想像力に欠ける人たちが多かったのだなぁ、と気がついた。


少し、イギリスにいる人たちをかいかぶっていたようだ。

それでもここは、おそらく他の国と比べて色々と良心的な抜け道が用意されているように思う。今のところ。


ここへ私を連れて来てくれた夫には本当に感謝している。


そして、そのバッジをつけ始めて少し考えが改まってきたことは、あ、そうか、この風邪をすごく怖がっている人も中にはいて、そういう人たちと平和的に同じ空間を共有するには、なるほど、このバッジは親切なものかもしれないなぁ、、、ということ。


あとは、何より、自分を嫌な物事から守ってあげるために、とても役に立っているなあ、、、ということ。目にわかる感じで、意思表示(理由表示?的なもの?)をすることは、時には役に立つのかなぁ。もう、自分はこうっす!ってやると、あ、そうなのね!って。


まあ、ちゃんとそういうのをシンプルに受け止めてくれるお国柄なのは、さすがだよね。


お読みいただきありがとうございました。後編へ続きます。今日はこの辺で失礼します。

後編へ⇨


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2021年6月13日日曜日

追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。シリーズまとめ

この投稿では「追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。」シリーズの記事がまとめてあります。



追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。その1、「2021年3月初旬、プランでミック最中でのイギリスから日本への渡航」

追憶日記:EUパスポート保持夫と共にイギリス移住。その1、「2021年3月初旬、プランでミック最中でのイギリスから日本への渡航」

飛行機から見たガイア


こんにちは、ぽんたです。
ブログを更新する気力がなかなかなく、だいぶ滞らせましたが、本日よりぼちぼち再開していきたいと思います。

今回追憶日記シリーズとして、2021年新型コロナウイルスのプランデミック最中での3月の初旬の日本への帰国、EU settlement scheame family permitを申請し、それを待ち、受け取り、イギリスへ再び入国するまでの一連の流れをかいつまみながら振り返ってみたいと思います。

ご興味のある方へ興味深い内容にできたら良いな、と思います。

これより以下は追億日記のため、ですます調は省略させていただき、私のつぶやきの連続のような形式でつらつらと書かせていただきます。



2021年2月の下旬、ロンドンでのとあるシェアフラットの牢屋サイズの部屋にて。

夫のEU settlement scheame(pre settled status)がEメールでやっと届いた。(これにたどり着くまでに約3ヶ月、夫は首を長くして待った。)

夫は、これで5年は英国に住み続けられるぞ、とやっと確信し、私が日本へ行って私に必要な査証を申請する手続きへのゴーサインが出た。


これに関しては、夫がその書類を申請した時に同時に申請することもできたし、日本に行かなくても例えばモルドバでも申請することができた。

ただ、EU settlement scheameは英国内で申請すべきものであるのに対し、そのfamily permitは英国の外から申請・受理しなければならない。


なぜそもそもそんなすったもんだをしなければならなくなったかというと、英国がEUを離脱する、と踏ん切りをつけたからだ。


今まではEUパスポート保持者は英国でも自由に住めて自由に仕事ができた。逆にイギリス人が他のEU諸国で働きたい場合もしかり。3ヶ月以上の滞在は住所登録はしなければならなかったかもしれないが、それでも英国に住もうとするのに敷居はそこまで高くなかったであろう。


しかし、英国はとうとう決めた、2020年12月31日移行は俺たちはEUではない、と。

そして、2020年12月31日までに英国に来て居住し始めたEU出身の人々へ対して、2021年6月30日までにEU settlement scheame(pre settled status)を申請、登録するように定めた。

(このことを友人から聞いた夫は、2020年の11月末、僕はロンドンに住みたい、と言い出した。僕にはあと1ヶ月しかチャンスはない、と。その時私はまだモルドバの居住許可を申請したばかりで、それをとりあえず待たなければならなかったため、じゃあお前先に飛んで仕事と部屋を見つけて来い、と送り出した。そうして彼はロンドンに滑り込みセーフをしたわけである。)

ロンドンでも桜を愛でることができた。


そしてその家族に対しても、もし彼らが英国に住んでいなかったとしても、英国の外から2021年6月30日までにfamily permitを申請するように定めた。


4月以降にそれを提げて入国した家族たちは、4ヶ月以内にEU settlement scheameを申請する必要があるらしい。(私は不安だったのですでに申請した。)


上記の通り、私は私の英語の解釈があっているのか定かではなく不安であったため、6月末までに再び英国へ入国しEU settlement scheameを申請し終えることを目標にした。


今の時期、嫌が応にも渡航後の自主隔離期間がスケジュールに入ってくる。それが明けてからでないと指紋を採ってパスポートを提出しにいけない。そしてパスポートに許可証が貼られて戻ってくるまでの期間、どれくらいか検討がつかない。


体感的には3月の初旬までに日本に入国できればギリギリ間に合うだろう、という感じであった。

なぜ、モルドバでもできるのに、渡航費用をわざわざかけて日本での申請を決意したのか、というと、なんとなく、そっちの方が体の感覚が心地よかったからだ。


頭で考えると、モルドバの方がよかったかもしれない。渡航費、末日数、どれも節約できたであろう。


でも、夫のいないモルドバなんて、申し訳ないが、いる価値が私には全くもって見えない。


薬漬けの隣人、妄想症の姑、アル中の姑の彼氏を避けながら、シャワーのないろくにお湯が出ない埃まみれの部屋でひっそりと息を潜めて時を待つ、、、のはもう十分だ。そんな場所には戻りたくない。


というわけで、意を決して日本への渡航を決めた。


日本へ行く前に、準備をしなければならないことがあった。pcr検査だ。渡航日の三日前以降に受けた新型コロナウイルスの陰性証明書を取得する必要がある。

ヤギでもビールでも要請を示す、あのpcr検査だ。


uk home officeのサイトでわかりにくく紹介されていた検査機関のうち、行きやすくて少し値段の安いところへ申し込み、受けてきた。申し込む際はパスポートの情報が必要だった。試験会場に行く時もパスポートを持参しなければならない。


値段が安い、と言っても、クソ高い。しかも行ったらセルフサービスだ。自分で綿棒を花に突っ込み、のどちんこへ突っ込む。受付にお姉さんが1人座っているだけの、イベント会場を借りて作られた即席検査会場。超良いビジネスやってますね。それで3万円弱とるんですかこのインチキなキットに。たいそうなご身分ですね。


20秒、誰が自分の鼻の奥に突っ込もうか、綿棒を。当然チェックする人などいないからペッペッペーと終わらせる。そんな不快なことを自分の身体にするわけがない。綿棒の先に何が付いてるかもわからないからね。


モルドバでは重装備で人がやっていた。しかも値段は5千円くらいだった。まだその時はあ、何か蔓延しているんだな、と思っていたがこれでは確信に変わるものがある。


あ、みんな蔓延しているふりしてるんだ。。。あ、ここの人たちはそれに気づいてハイハイお金払えばいいんでしょ、、、と付き合っているのか。


結果は翌日eメールで届いた。結果は陰性だった。誰にも会ってないのだから当たり前なのだが、これに関してはいつも少しドキドキする。


英国では電子メールの事をviaメールという。これを知らなかったため、私は結果が紙面でポストに投函されるのかと思っていたが違かった。


その日の気温は14度だった。モルドバでマイナス気温で冬を過ごしていた私は、てっきり14度は割と暖かく、きっと春ぐらいだろうと思い、春ぐらいの格好をして検査会場に行った。


ところがどっこい。14度はまだまだ寒かった。カタカタ震えながら帰路に着いたが、バスの中では半袖半ズボンの少年を見かけるし、短パンで皮膚を真っ赤にしながら自転車をこぐ殿方はいるわで、ロンドンでは割と皆さん薄着普通のご様子。


夫は、モルドバでは子供に冬場ニット帽を被せるように親が気を使うが、ロンドンではそれが全くない、と少し批判ぶったことを言っていたことがある。


そんなこんなで陰性証明書を携帯に保存し、

(つい最近、紙面ではないと強制送還されたらしいとか、というニュースが出てきた。ガチで引いた。日本、大丈夫か?と思った。今時紙を要求するなんて。。。私も時間に余裕があるときはその方が相手にも見やすいから一応紙にするけど、ギリギリに結果が来る場合もある。日本は書式を指定しているので、たいていの場合日本政府側が必要な情報はどこの検査機関でもクリアできているけど、これから飛ぶなら確認した方が良さそうだ。)


いざ空港へ!!

カウンターでは陰性証明書をちゃんと持っているか確認して、大丈夫という判断がなされたらチェックイン荷物を預けて出発する。


私が飛んだ時の日本の厚生労働省かなんかの決定では、英国からの入国は3日間の指定のホテルでの待機、その後、残りの日数を自主隔離、計14日間の自主隔離期間を定めていた。

だいぶ、この日数は人権侵害に関わってくるだろう。それでも仕方がない。もう行くしかない。

ちなみに日数の数え方は、到着した次の日から1日目、と数える。15日目から外出していいよ、ということだ。


飛行機に搭乗するとき、係りの人に松果体にレーザービームを当てられた。このときふざけんなぶっ飛ばしてやろうか、とは言ってはいけない。


ブラジルのフォルタレザでは、早々におでこにあの拳銃型の熱を測る機械を当てるのはなくなった。みんな腕で測るようになった。


そりゃそうだろう、あのポーズは強盗か人殺しか処刑人しかやらない。治安の悪いフォルタレザの人たちはきっと多くの人がストレスを感じるだろう。トラウマがある人だっているだろうし、かなり屈辱を受けるポーズだ。身の危険を感じる。


それをこの航空チームはまだやっていた。カタール航空だったか。ま、のちに日本でも散々やられるようになり、最終的にぶちぎれたように腕にやってくれ松果体が傷つく、というようになったが。

だって1回腕にお願いしますって言っただけだと食い下がってきたから。リラックスしたくて行ったのに、神経を逆なでられ、2度と行かないと誓った。ま、日本にいないけど。


どこが傷つく云々より、拳銃型のものをおでこに突きつけられて何も言わないでいられる感覚がわからないし、お客さんのおでこに拳銃型のものを平気で突きつけられる店員の感覚もわからない。ふざけんじゃねえっていつも抑えるのに必死だった。


京都では、観光客がきっとあの町を育ててくれているところもあるのかもしれなく、ちゃんと腕で測ってたな。厄介なのは、スマフォみたいな奴で測ってくるやつだが、もうそれくらいでは私の松果体は負けないと信じて行きたいお店に入っていくしかない。お店の人も、そうじゃないと営業させてもらえないのかもしれない。ブチ切れてごめんね。


さて、私はお肉を食べないことにしている。

(youtubeでオススメじみたことをしておいてなんだが、こればかりはほんと個人差。体や魂に問いかけながら進んでいかないと、貧血になったりする。私はお肉を食べなくしたら3年ほど続いたある部分の不調が治ったので継続中。いずれにせよお肉の質は気にした方が良いと思う。)




そのため、事前にチケット予約後電話して機内食をベジタリアン食に指定しておいた。指定の仕方は各航空会社のホームページでどのようなメニューがあるかを確認して自分が食べれるメニューの名前を把握し連絡するだけ。ただ、添加物に関しては融通が利かない。

カタール航空のベジタリアン機内食

このいろいろ面倒な時期に長距離渡航する人は少ないため、私は日本にくるときカタール経由の飛行機で来たが、乗り継ぎ前も、乗り継ぎ後の飛行機もエコノミー3列貸切。

全ての肘掛をあげてねそべることができたので、長距離フライトにしては人生初のそこまで疲労感がない渡航となった。

カタール空港でのお世辞にも可愛いとは言えないクマ





次回は日本に着陸してから、3日間の指定場所での待機について振り返れたらと思っています。

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2021年2月10日水曜日

在英日本大使館で10年パスポートを更新してみた記録

在英日本大使館で10年パスポートを更新してみた記録


こんにちは、ぽんたです。


パスポートの期限の残りが1年未満になったので、在英日本大使館で10年用のパスポートの更新をしてきました。

更新の仕方等は在英日本大使館の旅券のページをご参照いただければわかると思いますが、幾つか私が実際に大使館に問い合わせた内容、そしていただいた返答等を交えつつどんな流れで申請して、そしてどんな流れで受け取ったのかの記録をしていきたいと思います。

結構闇な歴史を持つのね、ロンドンタワー




目次




私が大使館に問い合わせた内容と、その返答

在英日本大使館の旅券のページに掲載されている英国滞在許可証印のある旅券という部分で、e-passportのゲートに通されて入国スタンプを押されることなく入国してしまった私は、旅券の申請ができるのか疑問に思いました。


モルドバだと1ヶ月かかるし、いろんな都合的に英国で今したかったのでダメ元で問い合わせてみると、窓口で短期滞在者であることを告げれば大丈夫ですよ、とのことでした。

用意した書類

私は本籍地がきちんとかけましたので、戸籍謄本やらは不要、そして短期滞在者ですので英国の滞在許可証も不要、そのためパスポートと、パスポート用の写真と、大使館に置いてある申請用紙を予約を取った時に記入して申請できました。



皆さんは、在英日本大使館の旅券のページを読んで、各々に合った情報を得てください。
パスポート用の証明写真はphoto-meという証明写真用の機械で撮りました。



その機械は家の近くの大きめのtesco(スーパーマーケット)にありました。6ユーロでクレジットカードでも支払いができました。ちょっと写真屋さんのものよりかは鮮明さにはかけますが、ロックダウン中で写真屋さんも開いてませんし、安上がりなのでまあ、よしとします。



でも、この写真と10年もやっていくからなぁ、、と思うと、ちょっと照明が足りなかった感じがします。



申請書は、ダウンロードでもできるのかもしれないですけれども、私は割とアナログなので大使館に行った時に例を見ながら記入しました。

オンライン予約

現在、在英日本大使館は新型コロナウイルスの影響もあるためか、事前にオンラインで予約しなければなりません。ここに、オンライン予約のリンクを貼っておきます。


このフォームの案内に従って予約を取ります。申請か、受領かを選択し、日時を選択して完了完了、、、としていくと、予約番号が表示されます。個人情報は何も必要ありません。



この予約番号は来館時に警備員さんにも入り口で案内してくれるお姉さんにも提示し、さらに窓口でも提示する必要があります。



番号を紙に控えても大丈夫ですが、スクリーンショットが便利だと思います。日時と番号を大使館の人たちは確認していました。

申請の流れ

予約の時間になったら大使館に行き、セキュリティチェックで予約番号を提示し、金属はセキュリティチェックのベルトコンベアに通して金属探知機を通ります。


パスポートも申請の時は見せたかな、、、でも受理の時はパスポートがないので、申請時に窓口でもらった紙を提示すれば大丈夫と、その紙に書いてありました。



そして銀行や郵便局のように番号札を取らなければならないのですが、申請書をまだ記入してない場合は、申請所を記入してから番号札を取ってください、との指示があります。



私が申請しに行った時は、私一人しかいませんでした。申請書を記入して、番号札を取って、番号が呼ばれるのを待ちます。



窓口では、日本人のお姉さんが対応してくれました。短期滞在者であることを告げ、だいたいいつ頃までの滞在を予定しているかを告げました。



日本の住所の他に今現在のロンドンでの滞在先の住所と連絡のつく電話番号を聞かれたので、夫の電話番号を同じ申請書の空いている箇所に記入しました。メールアドレスも記入しました。



受理できるのは、1週間後です。遠方からの方へは特別な措置があるそうで、それについては在英日本大使館の旅券のページをご確認ください。



申請手続きが一通り終わると、何日以降に取りに来てください、という紙をもらいます。そこに受理する際に支払う金額もメモされてきます。支払いは現金で、受理するときに払いました。

受理

受理する時もオンライン予約が必要です。受理の時間帯は3時45分以降のようでした。昼前までが申請みたいです。オンライン予約のリンクはこちらから。


受理の時はパスポートが手元にないので、それ以外の身分証明書がない場合は申請のときにもらった紙を予約番号と一緒に提示して大丈夫でした。



受理の時の警備員さんがちょろっと日本語で照れながらやり取りをしてくれてとても癒されました。可愛かったです。申請の時はぶっきらぼうな人でしたが、まあそれも警備員さんらしいって言っちゃあ、らしいですよね。



受理の時は人が多く、時間帯がそういう時間帯だからかもしれませんが、ディズニーランドのチケット売り場みたいなところでもう一度お姉さんに予約番号を確認されました。



番号札を取って、呼ばれたら窓口で予約番号と日時を確認され、名前を告げると出来上がったパスポートを持ってきてくれます。



画面でICチップに入っている情報を確認し、受理しましたという紙面を記入して、お金を払って無事終了です。



私は申請時に古いパスポートも欲しいと告げていました、が、言わなくてもくれるのかな?



新しいパスポートはデザインがパワーアップしており、日本人に生まれたことを本当に誇りに思うくらい素晴らしいものになっています。査証のページの背景が全て違うんです。冨嶽三十六景の作品がずらずらと並んでいるのです。



ものすごく美しく胸を打たれました。これは入国審査で是非とも世界各地の審査官にお披露目したいのに、英国では日本のパスポートはエレクトロの入り口へ通される。。。



でもなぜここまでしたのでしょうか、、、偽造パスポートが増えているのでしょうか?でもまあともあれ文化的なパスポートが持てて幸せなのであります。




おまけーーーーーーーーーーーーー

ちょろっと大使館の人に質問してみたことと、その返答をみなさまにもシェアしておきます。

質問:厚生労働省によると、英国(のみではないですが)からの帰国者は3日間の指定場所での待機しなければならないということですが、指定の場所というのは調べて前もって予約した方が良いのか、それとも空港でその場で案内されるのでしょうか。


大使館のお姉さんの答え:厚生労働省にお問い合わせいただくのが一番ですが、大使館側がもっている情報としては、その時々の人数によって待機場所が流動的に変わるので、前もって知ることはできず、空港で係りの人から案内、指定されるそうです。宿泊先には専用のバスがあるそうです。


とのことでした。もし、どなたか同じような疑問をお持ちの方がいらしたら、、、と思いシェアしてみました。


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2021年2月9日火曜日

2021年新型コロナパンデミック最中での海外移動した記録〜モルドバからイギリスへ〜

2021年新型コロナパンデミック最中での海外移動した記録〜モルドバからイギリスへ〜


こんにちは、ぽんたです。


なかなか良いインターネット環境にありつけず、更新できずにいました。
実は、2020年の11月末に夫がイギリスに住みたい、ブレグジットしちゃうから僕のチャンスは今年いっぱいだ、と言い出し、



既にモルドバで居住許可証の発行待ちだった私はすぐには飛べないので、とりあえず先に夫を
英国に飛ばし、初めての仕事がない年末年始を離れ離れで過ごしたのち、今は私も夫の元へきております。



この記事では、コロナ禍での国際線での移動について記録してあります。

タワーブリッジ


目次




どこからどこへ飛んだ?

モルドバのキシナウからイギリスのロンドンへ飛びました。2021年の1月18日のことです。


英国入国に要求された書類

コロナウイルの検査が陰性であることの証明書と、オンラインで記入するpassanger locator formです。


詳しくは英国の公式サイトgov.ukをご参照ください。コロナ禍でのイギリス入国についてはここにリンクを貼っておきます。


新型コロナウイルスの状況に応じて頻繁に情報が変わるので渡航を予定されている方はこまめにチェックすることをお勧めします。

書類1新型コロナウイルス検査陰性証明書について

これはいわゆるpcr検査で、私の時は出発予定時間の72時間前からの検査結果が有効とのことでした。



つまり出発予定時間より72時間以上前に検査したものは有効ではないため、検査を予約する際はよく計算して行いました。土曜日もやってくれている検査機関だったので助かりました。



今では三日前からの検査結果に変わっていました。→英国入国の際に必要な書類が書いてあるページへ飛ぶ(英語)



私はキシナウ市の検査してくれるinvitroというところに予約して検査をしてもらいました。その日の夕方にはメールで結果を送ってくれましたし、私はちゃんとした用紙でもらいたかったので翌日その用紙を取りに行きました。



書類は英語で作成してもらいました。去年の10月にモルドバからルーマニアに移動した時もそうでしたが、陰性であるととてもほっとします。こんだけ人に会ってないし、症状もないから陰性である自信はあるんですけど、結構ドキドキします。




陽性だと飛行機乗れませんからね。ちなみにこの陰性であることの証明ができないと罰金500ポンド課せられる可能性があります。

書類2passanger locator formについて

これは、イギリスの公式サイトgov.ukfill in your passanger locator formからオンラインで記入するものです。ちなみに英語です。



今私がこの記事を書いている時点では英国入国後は10日間の自主隔離が義務付けられていて、その10日間の滞在先の電話番号や住所を記入し、英国側が入国者から万が一陽性者が出た場合などの追跡調査やちゃんと自主隔離しているかのチェックに使われる模様です。



記入し終わると、私は嘘偽りなく書きました、そして10日間ちゃんと自主隔離します、と宣誓するページがあって、最終的にバーコードのあるページへ行き着きます。それをダウンロードして、スマホに保存しておくか、私の場合はプリントアウトして向かいました。

出国、入国の流れ

出国の際は、航空会社がカウンターで乗客が必要な書類を持っているか確認します。携帯電話にすべての書類を保存して画面上で見せている乗客もいましたし、私は不安だったのでちゃんとすべての書類を紙面上で提示しました。



私はモルドバの居住許可証もありましたので、何も特に別に尋ねられることはなく出国しました。



英国につき、モルドバではぎゅうぎゅうになって出国してきた我々は英国の空港では警察官が飛行機から降りて空港の建物に入った途端ソーシャルディスタンスを厳しく促し、マスク着用を厳しくチェックしていました。



威厳のある英国ポリスに感心しながら促された列に並んで待って、入国審査の前に警察官からpcr検査の陰性を証明する証明書とpassanger locator formのバーコードのあるページをチェックされました。確かパスポートもチェックされたかな、、、。そこはうろ覚えです。



結構ジロジロ書類を観察されて、無事にその関門を突破し次はいよいよ入国審査です。



日本のパスポートの場合はEパスポートのゲートへ促されます。私の旅券はちょうど更新まで1年を切っていたので少し古いせいか、サポートカウンターへ通されました。



そこで私はどのくらいの期間滞在するか、婚姻証明書を見せて英国にいる夫の元へいくこと、夫は自営業者であることなどを説明して、大丈夫そう、と判断され入国することができました。



パスポートの更新もあるし、記念にもなるし、入国スタンプが欲しかったのですが、あなたには入国スタンプはない、と断られてしまいました。でも、在英日本大使館でパスポートの更新の申請はできました。



それに関してはこちらの記事を作成しました。↓

入国後

入国後は、入国した次の日から数えて10日間の自主隔離をせねばなりませんでした。当局からの連絡は登録した夫の電話番号へ1通のSMSが自主隔離1日目にポツンときたきり、電話もなければ自宅訪問の確認もありませんでした。



ですが、万が一チェックされることを恐れてちゃんと家にこもっていました。ワイファイがなかったので結構きつかったですが、絵を描いたりコントーションのトレーニングをしたり、瞑想したりして過ごしました。



自主隔離が明けても、英国はまだまだロックダウン中で日用品のお店しか開いていません。ですがサイクリングしたりお散歩したりして街中をちょいちょい見て過ごしています。



夫のEU出身者向けの書類も、仕事もロックダウンだからなのか、ものすごい人数が一度にワッと申請したのかわかりませんがまだ届かず、、、、うまくいくといいなあ!!

ピカデリーの近くの、これは、、どこですか?自分でもわかっていない。



そしてその後に待っているのは私の書類課題、、、!うまくいくといいなあ!!ま、いかなかったらいかなかったで、他にも国はあるから!!




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2020年11月20日金曜日

速報!モルドバ共和国で新型コロナウイルスに関して本日政府が決定したこと

速報!モルドバ共和国の首都で新型コロナウイルスに関して本日政府が決定したこと


こんにちは、ぽんたです。

新型コロナウイルスのパンデミックはまだまだ続いているどころか、第2波がきているようですね。


ヨーロッパの各地でもロックダウンを決定しているようですが、


私が現在いるモルドバのキシナウは本日、外出時のマスク着用を決定しました。


あれ?弱い?


今日まで一体どのような状態で今日の決定によって何が変わったのかというと、


2020年11月20現在は、50人以上の人が集まるイベントや集会は禁止で


映画館もやっていないし、サーカスもショーはやっていません。(規模を縮小した運営チームは動いており練習場所は有料ですが普段より安く提供してもらっています。)



劇場は、広告が出ているのでやっているところもあるのかもしれませんが、ごめんなさいノーマークです。


あ、でもいつもお世話になっている衣装さんが10月に演劇か何かのプロジェクトの衣装を担当したと言っていたので、動いているところはあるみたいですね。


でも以前知り合った俳優さんがものすごいポリティックな方だったので、政府が劇場をプロパガンダとして使っていたりして、、、、とか勘ぐっています。(あくまでも個人的な予想)


カフェやレストランは入店時はマスク着用なものの、当然食べる時は外しますのでグレーゾーンな感じですし、、、


公共交通機関、及び屋内の商業施設ではマスクをしないと基本的に入れませんでした。

お外ではマスクなしでも歩けたんですね。


それが、公園でも十分なパーソナルスペースが取れる場所でも、お家でない限りマスクを着用しなければならない、となったわけです。


この決定が一体いつまで続くのかははっきりした記載が見つかりませんでした。


引き続き映画館やサーカス、50人以上人が集まることはできないようです。


医療キャパシティーは今の所ギリギリ耐えているようですが、事態が悪化すれば医療崩壊するようです。


にもかかわらず、ロックダウンを敢行しないのはモルドバ共和国に、そして国民にそれに耐えられる経済力がないからだそうです。


なので、外出時にマスクをすることで、国民に気を引き締めさせるというか、あ、ちょっと危ない時期なんだな、という認識をさせて


最終的には自己管理してね。というスタンスのようです。


いろいろな国がいろいろな措置を取る中で、何が正解で何が正義なのかわからなくなってきますよね。でも、これがモルドバの限界なのだと思います。


でもこれが一番バランスが取れている気もします。


ちなみに抜き打ちで警察やインスペクターがレストラン、店舗のチェックできるようになったらしいです。


モルドバ、キシナウにこの時期に観光にくる人はいないと思いますが、止むを得ずくる場合はマスク着用を忘れずに!


それではこの記事はこの辺で。





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2020年10月5日月曜日

ブカレストからキシナウまでバス移動。新型コロナウイルスが蔓延する最中の航空機での私の移動体験談その4(最終弾)


こんにちは、ぽんたです。

まだまだ新型コロナウイルスによるパンデミックが治らない中、先日ブラジルはフォルタレザからモルドバのキシナウまで航空機を乗り継ぎに乗り継いで、最後はブカレストからバスに乗って帰ってまいりました。

その旅路の様子を幾つかの投稿に分けて記録したいと思います。コロナ禍での国境をまたいだ移動はお勧めはしませんが、止むを得ず移動する方々へちょっとでも参考になれば、と思います。


その2はこちらから↩︎




前回すでに書いたように、パスポートコントロールを無事に通過して、荷物も無事に受け取り、出口から出るとバス停がありました。

さて、我々はここからバスに乗ってモルドバのキシナウまでたどり着かなくてはなりません。

フランクフルトでワイファイがあるときにちらっとリサーチした情報では、どこかの駅からキシナウ行きのバスが2時間おきに出ていて、


しかもそのバスは空港を通る、とのことでした。


そして、夫のお母さんによると、ブカレストの出口にはキシナウ行きのバスを案内するおじさんがいるという情報も。


しかし、実際に出口を出ても誰もキシナウ行きのバスを案内しているような人は見当たりません。


着いたのが夜中だったからかもしれません。


とりあえず、路線バスの運転手さんに聞くと、この時間はバスを乗り継いでガラ・デ・ノルド(北駅)にいく必要がある、とのことでした。


日中は一本で行けるみたいですが、我々が着いた時間にはその一本で行けるバスは終わっていたのです。


我々は、大荷物を引っ越し作業のように路線バスに積んでガラ・デ・ノルド(北駅)を目指し移動を開始しました。


それまでの道のりは嫁が引っ張っていましたが、夫はルーマニア語が話せるので、ルーマニアでの移動は夫が先陣を切る形となり、嫁はもう長い道のりでスイッチが切れているのでちょうどよかったです。


ブカレストの人は、かなり親切で、我々が外国人でどこで乗り換えれば良いかそわそわしていることをちゃんと見ていて(夫はルーマニア語で道を尋ねることはできてもその答えをきちんと覚えていることが稀。)


ほらここで降りて反対側に渡って何番に乗るんだよ!と何人もの人が一斉に教えてくれ、荷物を下ろすのまで手伝ってくれました。


ルーマニアは、EUの中ではそこまで経済的に発展しておらず、西側に出稼ぎに行くような国ではありますが、


こういった人情に触れると、文化水準と経済が非常に良いバランスで存在している国なのではないか、と感じます。


ホスピタリティというか、、、そこらへんはトルコに似ている。


少しくらいお節介な人が多い方が、私は好きです。


さて、乗り換えですがちょうど目的の番号のバスが通り過ぎた後にたどり着いたのでだいぶ見知らぬ土地のバス停で待たなければなりませんでした。


すでに午前1時は回っていましたからね。そんな時間まで逆に運行しているバスがあることにも驚きです。


待っても待ってもなかなかバスが来ず、とうとう空港で行き方を教えてくれたバスの運転手さんが、彼の運行するバスで通りすがり、わざわざ止まって大丈夫か尋ねてくれました。


その運転手さんは、次は目的のバスは40分後くらいにくるし寒いから自分のバスに乗ってけば?と誘ってくれましたが、夫はここまで待ったから待ちます、と答え、そのまま別れました。



確かにそのバスに乗ったところで余計にややこしくなりそうですものね。


そして、それから40分もかからず目的のバスが現れなんとかガラ・デ・ノルド(北駅)にたどり着くことができました。

ガラ・デ・ノルデ(北駅)そしてアウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)にて


さて、ガラ・デ・ノルド(北駅)に着いたは良いものの、そこにはバスターミナルはなく、鉄道の駅でした。そのことがわかるのに少し時間がかかりましたが、、、



ガラ・デ・ノルド



わかった情報は、チケット売り場は午前4時から開くこと、駅の近くのロータリー的なところに午前4時くらいからバスの運転手さんが集まり始めることなどなど


しまいにはタクシーの客引きにキシナウ行きのバスは空港からしかでないから空港まで乗せてってやるだとか、空港まで行ってバスがなかったら払わなくていいだとか

よくわからない話を持ってこられ、


今はとりあえず大丈夫だと断ると、警備隊のようなものを装ったそのタクシーの客引きのグルっぽいおばさんに、ここに何しに来たんだ、バスは空港からしか出ないよ、と言われ、


周りにはジプシーと思われる家族、アルコール中毒っぽいおじさんがちらほら、麻薬の取引をするかのようなグループ、プラットホームを横切るドブネズミ、、、。


早く、夜よ明けよーーーー!!!と思いながら夫を情報収集に行かせ荷物番。



結局飛んでたフリーワイファイから、インターネットで検索。どうもこの駅からは出てないらしい、、、となり、


キシナウからのバスを検索すると全部アウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)からってなってる、、、となり、


なんで最初に空港で聞いた時、ここに案内されたんだろう、、、という疑問を抱きつつ、最初からインターネットで細かく調べておけばよかった、調べさせておけばよかった、私の指示だしミスだわ、などと反省もしつつ


もうこうなってしまったのだから仕方がない、と


そのバスターミナルへ行くバスが駅の裏から出ている、とのことだったのでえっちらおっちら再び移動。


バス停に着くもバスの始発が何時かわからない。


あ、タクシーが信号待ちしている、、、アウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)までいくらですか? 25レイ、、、手持ちある、、、お願いしま〜す。


といった感じでタクシーでアウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)まで行きました。
入り口は、小さい。

中は、、がらんとしていた、、、



はい、これでやっとキシナウ行きのバスにありつける、、、、!!と期待するも、


バスターミナルには誰もおらず、、、というのも午前5時。


誰もいない、、、(と思いきやホームレス氏が寝ていた)

しかも絶賛コロナウイルスパンデミック中。。。


奥の方にいたタクシー運転手に話を聞くと、キシナウ行きのバスは8時にあるが、乗客が少なかったら運行せず、残りは午後1時のみだ、ということ。


全然2時間おきに出てない!!


やはりコロナウイルスによる影響はデカすぎる。。。


とりあえず待つしかないのでベンチに座って夫の膝に横倒しになった嫁は1時間くらい気を失ったように寝てしまい。


その間、夫はちゃんと起きていて荷物番をしており、


さすがに夫も疲れているだろうと、起きてからは今度は私の膝に横倒しにしてやり


ちょっと一休み。


朝、8時近くになっても結局運転手は来ず、出勤してきたチケット売りのおばちゃんに聞くとやはりキシナウ行きのバスは午後1時のみだという。


大荷物のぐったりしているアジア人とモルドバ人の若者におばちゃんは気を使ってくれて、荷物チケットオフィスにおいていいから、朝ごはん食べてきなよ、裏に美しい公園があるから散歩でもしてきなよ、と言ってくれました。


ああ、久しぶりに触れた人情、、、!ルーマニアなんか気に行ってきたぞ!!となり、


それでも重い腰がなかなか上がらず、行こう行こうなんて言ってるうちに1時間くらい経っており、そうこうしているうちに


一仕事してきた朝に会ったタクシーのおじさんから、10時にキシナウへのバス出るってよ!と情報が入り


続いてチケット売り場のおばちゃんにも、10時にバス出るってよよかったじゃない!と言われ


運良く?朝10時のバスでキシナウに向かうことができたのであります。


支払いは、運転手さんに直接。我々はユーロで交渉し、2人と大荷物で60ユーロ支払いました。


アウトガラ・フィラレット(フィラレットバスターミナル)でのトイレは、チケット売り場のおばちゃんに2レイだったか1レイだったかを払って鍵をもらって、用を足したら鍵を閉めて返す、というスタイルでした。


でもこれは、この時期ならではなのかもしれません。




国境にて


ルーマニアから出る時のパスポートコントロールでは案の定特に何も要求されず、空港で書かされた紙はまだ私の手元にあります。


モルドバに入る時のパスポートコントロールでは婚姻証明書を提示して何の問題もなく通過できました。


ただ、夫の荷物の自転車は調べられました。モルドバの陸路のパスポートコントロールは盗まれたものがよく入ってくるためか、はたまた彼らのポケットを膨らませるチャンスを狙っているためかわかりませんが


自転車を持ち込むときは大変厳しいです。自分のものであるということを証明できるように登録してあれば良いのですが、


夫の自転車は競技スポーツのもので、道路の移動用ではないし、フレームも複数あるし、車輪も複数あるし、何をどこへどう登録すれば良いのか実質難しいところがあります。



あ、モルドバに入る時に、バスの運転手さんから渡された用紙に、発熱の有無やどこの国からトランジットしてきたかなど結構細かく書かされ、そしてその紙を提出しました。


よく、入国してから14日間は自宅隔離をしなければいけないとどの国でもされていますが、私たちがモルドバに入った時、そのような文言はその用紙にはなく、また誓約文も書かされていないないので、


入国した次の日から街をうろついています。もうそういう措置を取っていた時期は過ぎたのかな、と解釈しております。


街中でも、取り締まることはやっていません。


ルーマニアのバスからの風景

ルーマニアのバスからの風景2


ルーマニアのバスからの風景3


姑さんが用意してくれたおかえり夕食


終わりに

はい、4回にわたって今回の旅路を書いてみました。思い返してももう2度と歩みたくない旅路でございます。


後々良い思い出になるんでしょうけれども。


新型コロナウイルスのパンデミックが収まっていない間は、海外への渡航はお勧めしません。


非常に飛行機やバスの運行が混乱しているからです。


そもそも、ブラジルがやはりめちゃくちゃ遠かったんです。笑。


モルドバのキシナウでは、再びバザールが閉鎖してました。


何しろ目に見えないものなので実感はないのですが、まだまだ気を抜いてはいけない時期なんだろうなあ、と今日閉鎖されたバザールの横を通り過ぎながら思いました。


その2はこちらから↩︎