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2022年3月29日火曜日

〜世界チャンピオンJack Carthyにあってきた話後編〜2022年3月23日ー25日

〜世界チャンピオンJack Carthyにあってきた話後編〜2022年3月23日ー25日

こんにちはぽんたです。

前回に引き続き、夫がやっているスポーツ、自転車トライアルの伝説的な世界チャンピオン、Jack Carthyと一緒に2日間だけトレーニングさせてもらいに行ってきた時の記録です。前編はこちらからどうぞ。今回の記事は後編です。



Jack Carthyの練習風景





それではどうぞ!


宇宙は幾つかのエンジェルを送った。


両親はもとより、地元のジム経営者、(彼はJackにプロのトップアスリートに見えるように自分のジムで彼の体作りを無償で行い、そしてスポーティブな格好良いトレーニングウェアを買ってくれるなど、スポーツ選手としてプロデュースしてくれた)


悪天候の時の練習場所を無償で提供してくれた地元のおじさんたち、


自分の競技を利用した仕事の取り方などを教えてくれたこれまた9回世界チャンプに輝いたケニー・ベライ(Jack曰く、お金を自転車だけで十分に稼いで生活している、という意味でのプロの自転車トライアルライダーはJackとケニーの二人だそう。私は一度で良いからケニーにも会ってみたい。惜しくも去年のW杯で引退してしまった。)


Jackは彼らへの感謝を忘れず、彼らのことを熱く話した。


きっと他にもいるのだろうが、今回Jackから語られたエピソードでは以上だった。




Jackに関しては様々な意見を知人から夫を通じて聞いていた。


驕っているだとか、教育を受けていないだとか、フレンドリーじゃない、だとか、、、あまり良い噂がなかった。


しかし、実際にあってみると、フレンドリーで自分の生活圏に入らせてくれるし、出し惜しみせず自分の気づいたことやテクニックをシェアしてくれるし、噂とは全く違って驚いた。

Jack Carthyの愛犬ロッキー

夫と私が(特に夫が、、)、チャンピオンへ最大の敬意を示しているのが伝わっていたからかもしれないし、女性には優しいのかもしれないが、やはり、自分の目で見て耳で聞いて実際に体験してからではないと、本当のところはわからないのだ、ということをひしひしと感じた。


想像で人を評価するなんて以ての外だな、と自分を省みる機会ともなった。



ここで少し、彼を擁護するつもりではないのだが、幾つか私が感じた彼の特徴について記録するとともに、なぜ周りの人たちからいろいろ言われてしまうのかについて考察したい。


彼はまず、生粋のファイターである。これは、勝ちにこだわるトップアスリートにはとても大切な要素であると思う。


Jack Carthyの練習風景

だから、時としてエモーショナルに人々の目には写ってしまう。審判の判定云々の関係で1位を逃した一昨年にヘルメット投げた彼の行動はいささかSNSが炎上したように思う。


確かに、自転車トライアルの世界では珍しいのかもしれないが、フットボール選手や野球選手をご覧いただきたい。


頭突きした人もいるし、乱闘はトップアスリートにはつきものではなかろうか。


生きるか死ぬかの戦いから派生したスポーツ文化ではエモーションはつきもの。我々が想像する以上のアドレナリンのなかで試合しているのだからこれくらい当たり前。

Jack Carthyの練習風景


というか、これくらいでなくっちゃおもしろくない。これくらい本気でやってくれているから観戦する側もおもしろい。


それから、驕っていると捉えられてしまう言動について。


言葉だけ切り取ると、そう思われてしまいがちかもしれないが、彼の抑揚から、私は彼は彼なりに分析して事実をのべているだけであると感じた。


その事実がたまたまかなりの栄光であるから、自慢話しに聞こえてしまう場合があるのかもしれない。


しかし、彼はいたって話の流れで自分が分析して客観的な目でとらえた事実を述べているだけで、その証拠に、自分のことをJackと第三者のように語る場面に何回かでくわした。


でももし仮に、彼が実際に自分の成し遂げたことをアピールしていたとしても、まだ彼はチャンピオンといえども25歳の青年だし、9回もチャンピオンになっているのにまだ承認欲求がみたされていないということなら、それはそれで逆に謙虚ではなかろうか?


自分はこんなにすごいことを成し遂げたんだよ、頑張ったんだよ、とお話ししてくれているとしたら、逆に可愛らしいと感じてしまうのは私が女だからなろうか。


聞き手が男の子なら、彼にもプライドがあるだろうから、その嫉妬のような気持ちから歪んで捉えてしまうのかもしれない。


Jackは極めて素直で裏表がない。まっすぐだ。


疲れた時には疲れたように見えるし、余裕があるときはお茶を入れてくれたり、ご飯を一緒に食べようと誘ってくれるし、忖度せずに自分の意見を言う。


だから、アドレナリン全開で全集中勝負モードのコンペティション中に愛想を振りまくような余裕なんてないだろうし、そうするつもりもないのだろう。


(ふむふむ。これは、大変だ。彼を分析しているうちに、私の夫への理解が深まってしまった。これは近いうちにまたHowarthに行ってチャンピオンの奥さんにいろいろ質問したい。)


複雑にみえるようで、実はシンプルなのだろう。ただただ、その時の自分の状態に正直なだけなのだと思う。


言葉が率直すぎて裏を勘ぐりたくなることもあるかもしれないが、そのような場合、私たちの心理に問題があるといえよう(これは、夫と話してるときの私に対する慰めの言葉)


このような人こそ、本来は信用すべきなのだとも思う。




ファイター気質と書いたが、彼はなかなか懐が深く、情が深い。(それゆえのファイター気質なのかもしれないが。)


彼には4歳の息子さんもいて、お国柄なのかもしれないが、自分のやっているスポーツを息子に押し付けたりはしない。彼がやりたがったらサポートするかな、くらいだ。


そして自分の息子の好きな物、得意なものに関して、ちゃんと理解している。


奥さんが前の職場で不快な思いをしていたときも、それはダメだ、と辞めさせて、実家の一部を彼女のサロンに改装したのも、なかなかアツイ。


彼女の好きなことを尊重している感じも受けた。


そして、少し離れた駅から自転車トライアルでhowarthまで爆走してきた夫(バスに自転車のせてくれなかったため)の話を聞いて、最終日に駅まで送ってくれた、めちゃめちゃ情にアツイ親切な人だった。




彼は、自ら企業とやりとりをし、コラボする仕事を自分で獲得している。今は、向こうからメールが来るようになったが、初めの頃は自らメールを送っていたそうだ。


これはケニーから教わったらしい。今ではトレーニングとそれらの仕事で日々忙しいようだ。


それでも、まだまだチャンピオン歴を更新し続けるモチベーション満々の彼は仕事がトレーニングに食い込みすぎることのないようにちゃんとバランスをとっている。


本当に自分がやりたいことがはっきりしていて、それは譲らない。


いろいろ彼の考え方、生き方にはインスピレーションを受けたし、鼓舞された。

Jack Carthy


私自身のトレーニングに対してもモチベーションが上がったし、トレーニングの意識も変わり、ぐんっとレベルが上がったエレメントが2つもあった。


別の競技の人間にもこんなに影響を与えるのだから、本当にすごい人だ。




世界チャンピオンになったことがある人ではなく、世界チャンピオンになり続ける人。これはかなり難しい。


自転車トライアルの奥の奥まで知っている人。これも恐らく多くはないだろう。



最後に、写真を撮ってもらった。肩を組んでくれた彼のエネルギーは意外にもふんわり軽く、優しかった。



お読みいただきありがとうございました。次回は主に我々の旅路をメインにhowarthなどの村の様子も記録していこうと思っています。



2022年3月28日月曜日

〜世界チャンピオンJack Carthyにあってきた話前編〜2022年3月23日ー25日

〜世界チャンピオンJack Carthyにあってきた話前編〜2022年3月23日ー25日

こんにちはぽんたです。

先日、夫がホリデーをとったので、夫がやっているスポーツ、自転車トライアルの伝説的な世界チャンピオン、Jack Carthyと一緒に2日間だけトレーニングさせてもらいに行ってきました。そのときの記録を少し長いので2回に分けて載せたいと思います。後編はこちら


Jack Carthyの練習風景



それでは前編です。どうぞ!


もし、自分の息子が小学校へ行っては友達とケンカし、しばらく学校へは来ないでください、としばしば言われるような子だったら、私は一体どうするだろう。


学校へ行っても勉強する気など全くなく、ろくに本も読めない子だったら、親として私はどうするだろうか。 


 しかりつけるのだろうか、怒鳴りつけるのだろうか、無理やり矯正させようとするのだろうか、精神科へ連れて行くのだろうか、カウンセリングに連れて行くのだろうか、ホメオパスに相談するのだろうか、、、。


何れの行動選択も子供の今ある状態を異常ととらえ、改善しようと試みているのに相違はない。

実際に、予防接種、薬害、添加物、の影響で医学的になんとか障害とか言われる症状が出ている場合があり、重金属デトックスなどでそれが改善した、という症例報告もあるらしい。

しかし、単にその子が持って生まれた素質かもしれない。その子の才能かもしれない。最終的にその子がそのような状態になるように宇宙が仕向けたのかもしれない。



今ある子供の特性を丸ごと受け入れてその子にあった道をとことん探し、そして見つけ出せる親は一体どれくらいいるのだろうか、そして実際に私が親だったらそうできるのだろうか。。。




なぜ、そんなことを考えたのかというと、先日、夫にくっついて自転車トライアルの世界チャンピオンJack Carthyに会ってきたからだ。


彼はまだ、25歳にして現在9回世界一(ジュニア時代も含めて)になっており、そしてまだまだ彼は高みを目指してモチベーション高く毎日トレーニングに励んでいる。


彼は15歳のときのジュニア戦で、自転車のハンドル部分のバーが独特なポジションでチャンピオンの座をかっさらっていったのを鮮明に覚えている人も多いだろう。


そのときまだ彼は競技を始めて2年か3年かの頃だったから、この時すでにいろいろ考えながら練習していたことが見て取れる。


そして当時、多くのライダーが彼のようにバーのポジションを真似したようだが、キッカー(より高くジャンプできるようにしたもの)の部分でJackはそのバーのポジションで飛べるが、他のライダーはできないといった状況が多発したというのも夫から聞いて、面白いエピソードだと思った。


 我々は、2日間、Jackとトレーニングする機会を得た。もちろん無料ではない。


しかし、チャンピオンの車に乗って、映像でしか見たことのないあの岩たちのところまで行けて、チャンピオンのライドを間近で見れて、チャンピオンに稽古もつけてもらえて、チャンピオンと会話できて、


チャンピオンに紅茶を淹れてもらったり、チャンピオンのご家族と夕食を共にしたり、挙げ句の果てにチャンピオンに駅まで送ってもらってしまったのだから、全く損はしていない、むしろ、少し申し訳なく感じるくらいだった。


他のライダーは1週間とか、1ヶ月とかの共同トレーニングをお願いしているようだ。しかし、我々はホリデーでしかも夫はコンペティションを目指しているライダーではないため、2日くらいが私も夫も楽しめるちょうど良い時間であったと感じている。


そして彼らの生活圏Howarthという村が、小説で有名で観光客もよく来るところなのだが、とっても素敵なところで本当に小説の中に入った気分になる場所なのだからまた行こうと思っている。



Howarthにて。


さて、話を元に戻すと、前述した、学校でケンカして来ないでくださいと言われるような子供、本が読めない、読もうとしない子供、の様子は、Jack自身の幼少期だ。


この話は彼自身から、そして、彼のお父さんから直接聞けた。Jackのお父さんは、彼ができるようになるように、と一緒に音読をし始めるのだが、ちゃんと読めるようになったと思ってふと見たら、Jackはただ暗唱していたらしい。


お父さんが読んでいるのを何回も聞いているうちに覚えてしまったようだ。
彼の両親は、息子が学校以外の何か打ち込めるもの、違う道を探そうと考えた。


そして、お父さんは息子とみっちりいて彼の面倒を見たい、と言い、お母さんは、それなら、私は外で働く、と決めたそうだ。


今まで働いてこなかった女性が外ではたらくことを決定するのは、個人的にはかなり心を打たれたが、もしかしたら彼女はもともとそっちの方があっていたのかもしれない。


そして、しばらくご両親はJackに合うものをあれこれと探したらしい。そしてある日、市場かどこかで見つけた自転車を見てJackが自転車が欲しい、と言った。


買ってみると、Jackはすぐに乗れてしまい、乗れるどころか飛んだり跳ねたりしたので、あ、この子は自転車が得意なんだな、となり、自転車トライアルというスポーツに行き着いていったらしい。


この話は、shindig podcastや他の媒体のインタビューにもあるかもしれないから、ご存知の方も多いだろうが、私も私の耳でJackから、そして彼のお父さんから聞けた話なので、ここに記録しておく。




こうやってみると、親の影響でそのスポーツを始めた子とは違い、全く自転車トライアルとは無縁であったところから、自分の特性にあったものに巡り会わせられ、なおかつそれに気付く大人が存在し、そしてそれができるようにバックアップしてくれる大人がいる環境であったということが見て取れる。


恵まれた環境にあった、という人がいるかもしれないが、私は、彼は自転車トライアルのチャンピオンになるために、なれる環境のところを選んで生まれてきたのだろうと思う。


だから、彼はチャンピオンになることを早々に決意するし、周りはそれを支える動きをするのである。もうこれは宇宙レベルで設定されていたことなのだろう。





私は、トレーニング場所へ向かう車の中や、トレーニングの合間に息をついている間に彼にいろいろ質問をした。


かねてより、彼のライドを映像資料で見ていて、この人は一番効率の良い身体の動きを見出したに違いない!と思っていたが、案の定、いや予想をはるかに超えた身体の使い方のスペシャリストだった。


自分の身体どころか、自転車の特性、特徴、タイヤの特徴、石の状態、木の状態、地面の状態、靴の状態についてかなりの観察、分析をしており、工夫次第で改善できるところは改善し、自分の力ではどうにもできなことには、どれだけ適応できるかを焦点としていたところには本当に驚いた。


 そして、意思が強い。自転車トライアルを始めた時、彼にとってのヒーローはその当時のチャンピオン、ジルだった。


そして彼は決めた、自分はジル以上のライダーになるんだ、と。多くの人は、何かに憧れた時、その人に近づきたい、とは思うかもしれないが、その人を越えようとはあまり思わないだろう。


自分には無理だ、と考えたりするのがほとんどだ。しかし、Jackはジルに打ち勝つ、と早々に決めてしまったのだ。意思決定を下したものに対して、宇宙は全力で手助けをする。


Jackもその決定のもとに、毎日練習する。しかも、ただやみくもに練習するだけではない、どうしたらもっと、を常に考え、分析し、研究し、試行錯誤しながらトレーニングする。最強ライダーはこうして形成されていったようだ。



お読みいただきありがとうございました。次回は、後編をお送りします。

後編へ

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2022年1月12日水曜日

〜ロンドンにて縄文文明に思いをはせる〜2022年1月10日の手記より

〜ロンドンにて縄文文明に思いをはせる〜2022年1月10日の手記より

こんにちはぽんたです。

この記事は1月10日につらつらとパソコンに打ち込んでいたものです。

お散歩していたら見つけたかわいい建物



理想の夫とはどういったものだろうか。生き生きと仕事に行き、少しは贅沢できるくらいの稼ぎで、週末は必ずどこかへ連れて行ってくれ、美味しいレストランやカフェでご飯をたんまり食べさせてくれて、いつも様々な話題で楽しませてくれ、家事も結構手伝ってくれる、、といったかんじだろうか、、、?


しかし、現実はどうだろう。 本当にやりたいこととは若干ズレているような仕事場に毎日行き、ストレスを感じながら生活ギリギリの稼ぎで、給料日前はどこへも行けず、嫁にも何も買ってあげられない。


やっとこさ週末、仕事で疲れているため家でゆっくりしたい、もしくは好きなスポーツを友達としたい、が、天気には恵まれない。


自分の好きなものを何ヶ月も我慢しているのに、嫁はあそこへ行きたい、ここへ行ってみたい、美味しいもの食べたい、どっか連れてってくれ死にそうだ、と毎週末泣き喚く。


口を開けば、自分の趣味の話ばかりで、嫁が若干うんざりしているのにも気づかないふりをし、自分の気に入った動画を見せまくり、コメントを求める。そのくせ、嫁の話はほとんど聞いていないし、途中で遮りさえする。


こうやってつらつらと書き出してみただけでも、結婚生活とは果たして人類がたどり着いた最良の答えなのだろうか、という疑問が生じざるをえない。 地球を支配する者たちが、人類を結婚という型にはめることで、男女のいざこざを生じさせ仲をこじらせたいのではないか、、、とさえ勘ぐってしまう。


私は決して結婚したことを後悔しているわけでもなく、夫を欺くつもりも更々ない、ということを前提にして、 それでも頭によぎっていく考えをちょろちょろここに書き出してみようと思う。


縄文時代は、コミュニティで子供を育てていたらしい、という動画を見た。性に関しても割と奔放そうな印象を受けた。


私自身も自分の奥底に眠る欲を観察していくと、自分の遺伝子はとても素敵だと思っているし、できれば様々なバリエーションの子孫を残していきたい、と感じているようだ。


そして、夫の遺伝子のことを考えた時に、こんなに強くて立派な遺伝子なのだから、できるだけたくさん後世に残して欲しいな、とも感じる。


仮に我々の文明が結婚という制度がなく、コミュニティで子供を育てていくことが当たり前だとすると、浮気だとか不倫だとか嫉妬だとかの概念もおそらくないはずで、自分の遺伝子を紡ぐこと、相手の遺伝子を紡ぐこと、自分の部族、コミュニティで子孫が繁栄していくことをリスペクトできていたのではなかろうか。


稲作が入り込んできて、自然を切り取ってこれが自分の土地だとかなんやかんや始まってしまって、人類がより脳みそで物事を考えるようになってしまってから、いろいろ変わってしまったのかもしれない。


殺らなきゃ自分の部族が殺られるような混乱が生じていくうちにいろいろ変わっていってしまったのかもしれない。


ゴリラの群れのようなことはあった時期もあったのだろうけど、女性側の子孫バリエーションを増やせるような機会は早々に失われたように感じる。


こんなことをぼそぼそ思っていても、今の文明で、今の価値観で、様々な遺伝子バリエーションを残すことはものすごいリスクが伴う。


まず、道端に食べられる植物がてんでない。子供を育てるためにはお金が必要で、お金を稼ぐためにはこの文明のシステムに従わなければならない。


今、頭の中にくしゃっと出てきたことがあって、少し違う角度からまず考えて書き記してみようと思う。


ライオンや猿は一夫多妻で、群れのリーダーが変われば新しいリーダーのオスは前のリーダーのオスの子供を殺すらしい。


方や、鳥さんたちは割と一生同じツガイで過ごす、といったことが多いと聞く。(中には浮気をする種類もあるらしいが)


動物たちは、あまり頭で考えずに遺伝子に組み込まれた本能に沿って賢く自分たちの子孫を繁栄させている、と私は解釈しているのだが、その本能行動のバリエーションに一夫多妻も子殺しも、ずっと同じカップルで過ごすことも入っている。


それでは子殺しをせずに、また、ずっと同じカップルであり続けることも特に決めずに、コミュニティで男女それぞれの遺伝子をリスペクトしながら子孫を繁栄し続けた縄文文明は、本能行動に従っているのではなく、最高にピースフルな彼らが見出した知恵、価値観であり、あの文明は自然と限りなく調和した高度な文明だったのではなかろうか、、、という結論に至った。


まあ、こうやってブツブツ書いてみていますが、これはあくまでも私が日頃キャッチしたたわいもない情報から適当に自分の主観に沿って導き出した誰の役にも立たない結論であって、
この結論を出したからといって、私と夫の夫婦生活に何ら支障は出ないのですが、


昨今あまり結婚にとらわれないカップルが増えてきているのも、これは別に悪いことではなく、ごくごく自然な流れなのかなぁ、とも思うのであります。


ただし、私がこのような結論にたどり着いてしまった以上、あまりにも夫が私を週末にどこへも連れて行かない時期が続いた場合は、どこかに一緒にお出かけしけくれる殿方を探し始めてしまうかもしれない、というか、昨日もう探し始めてやろうかな、とか考えてしまった自分がいる。


このことを夫は全く気付かずに今も私を信用し切っている。(結局昨日夫くんは痛い陥入爪を引きずりながら、私のプランに付き合ってくれたので、セーフだったが。)


世の中には様々なタイプの人が男女共にいますが、せっかく嫁のために頑張って稼いでいても、あまりにも嫁への直接サービスを怠ると、ショックを受ける羽目になる殿方も多いのではなかろうか。


私は夫とどこかに一緒に行くのが好きなタイプなので、お金渡されてほらどっか出かけてきなよ、みたいなのを、あと二回くらいされたら、放浪しながら楽しい仲になれそうな人を探してしまいそう。


ま、それにはおそらく至らないのですが。


なぜならこの間結構吐き出しましたので、さすがの普段話を聞かない夫くんもその時ばかりは理解したようで、今のところ、ちょっと改善してくれている。いやはや、ほんといい人。


はっきりと、具体的に言わないと、わからないご様子。ま、私が子供すぎるものある。



でも、特に人生で自分のやりたいことがあるわけではない、わからないっていう夫からしたら、この子供すぎる女の面倒見るってミッション、、、退屈はしないのでは、、、とポジティブに考える。


お読みいただきありがとうございました。次回は、また気が向いたときにつらつら書くつもりです。


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2022年1月8日土曜日

ロンドン生活手記シリーズ

 ロンドン生活手記シリーズ

ロンドンアイとその周辺の景色


すっかりブログ不精になった私の次なる作戦は、パソコンにつらつら書きためたものをこちらで紹介する作戦です。文体は、です、ます調ではなく、で、ある調で失礼いたします。

私がどのような目線でロンドンを、世間を見ているのか、ご興味のある方に覗いていただければ、と思います。





2022年1月7日金曜日

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より後編

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より後編

こんにちはぽんたです。

この記事は、前回の記事の続きです。前編はこちらからどうぞ。

それでは、2022年の1月6日の手記後編スタートです。


なぜかロンドンに溢れるイタリアの伝統クリスマスケーキ



〈前回からの続き〉

以上、ロンドンでの状況からの自分への影響。


話を軸に戻して、そのホメオパスの方に勧めていただいた腸の善玉菌を増やす方法の中で、サワークラウトがあった。


なるほど、それならモルドバにもあったなあ、と思い夫に話すと、ロシア人の方が美味しく作るはずだとかなんとか言って、ロシア語のユーチューブにあるレシピで作ってくれ、とのことだったので、まぁ、夫が食べてくれるのが何よりだから、その通りにした。


そうすると、確かに美味しいものができて、夫も食べてくれるものができた。


【夫は2つ歳が上なだけなのだけれども、国が違うからか、文化圏が違うからか、まるで昭和の男性のように感じるところがある。


昭和ならまだマシで、まれに大正、明治に生まれたのではなかろうか、、、と思うときもある。古き良き時代といえばそうなのだけれども、自分の慣れ親しんだ味しか受け付けてくれない。


私がいきなり彼の食べたことのない和食を家で作ろうものなら、また私が変な創作料理を作ったと思って、文句を言ったり食べてくれないことが多い。


だから、まず、レストランに行って、私以外の人が作ったものを食べさせて、こういう料理が既に存在するのだと、決して私が適当に作り上げたものではない、ということを認識してもらう必要があるのである。


だから、ロンドンに来て良かったのかもしれない。ロンドンは移民の都市なので、様々な文化圏の人が大勢いて、レストランも屋台もとてもインターナショナル。


私はレストランやカフェで家とは別の雰囲気を味わいながら食べるのが好きなのだけれども、夫は人が多いところは心地が悪いらしく、デリバリーを取ることの方が私たちは多い。


私が食べられるものがあるのは、ベトナム料理、タイ料理、マレーシア料理など、米粉の麺があってベジオプションがあって味が濃いもの。

幸い、夫もこれらの料理を美味しいと感じてくれて、家で何か作る時もナンプラーを使って炒め物ができるようになった。

(以前、ナンプラーの臭いを嗅がれてしまい、危うく使えなくなるところではあったが、どうにかもうすでに食べたことがあることを聞き入れてもらえてセーフだった。)】




ホメオパス曰く、私の腸は善玉菌のクッションがなくて、毒素をそのまま吸収してしまうのではなかろうか。腸と皮膚はつながっていて、(考えてみればそうだよね。肛門を境に腸、そして皮膚だもんね。)そしてセロトニンは腸で作られるらしく、メンタルに直結する、とのこと。




つまり、腸を整えることでメンタルも整う。確かに、本当にそうだと思うことがあって、サワークラウトを食べ始めてから、気分もポジティブになっていて、湿疹もそんなに出なくなった。


それを良いことに、本当は、症状が緩和するまで、悪玉菌のエサになる砂糖、柔毛にべったりくっついちゃうグルテン、おそらくそもそも私が処理できないであろう乳製品を控えなきゃいけないんだけど、年末年始、若干解放気分になって、小麦を使ったお菓子をこさえてしまったり、甘いものを食べてしまったり、白チーズを食べてしまった。


そしたら、やっぱりおととい、鬱状態に陥ってしんどくなってしまった。


年末年始、トレーニング場所がお休みなのと、どこかにお出かけしようにも天気も悪いしお金もない、太陽もない、みたいなことも原因かもしれないが、

でもやはり腸内環境に私の気分はだいぶ左右される、ということがやっと納得できた。


前々から薄々気づいてはいが、専門家に言われるとやはりそうか、となる。


マグネシウムについてもその方は触れていて、それに関しても今日、ちょっとわかったような出来事に見舞われた。


マグネシウムは、運動したり、ストレスがかかったりしても流れ出てしまうらしい。現代社会人の多くがマグネシウム不足だそう。


そして、マグネシウムと腸と皮膚とメンタルがどうつながっていたかはうろ覚えだが、(PHかなんかの関係だったかもしれない。)

何はともあれ、心身ともに良好な状態であるためにマグネシウムの不足を解消しなければならず、勧められたエプソムソルトでの足湯も始めていた。

皮膚の湿疹もあまり出なくなってきたのだが、今朝、白チーズを食べたらまた出てしまった。


サワークラウトも食べ続けているし、レメディも使用し始めているのに、なぜだろうか、と考えたところ、足湯を最近していなかったことと、昨日、しっかりめのトレーニングをしていた。マグネシウムが不足したことが考えられる。


そのためエプソムソルトでの足湯を施した。




サプリメントは正直あまり摂りたくはない。原料がどれくらい信頼できるものなのかがわからないからだ。しかし、もし私が信頼している情報筋の人たちが何かオススメしてくれるものがあれば取り入れても良いかな、と思う。(この世で1人しかいない。。。他力本願。。。)


とりあえず、ナッツ類を今日は買ってみた。ちなみに私が好きなナッツはカシューナッツ。


ところで、処方してもらったレメディに関しては、やはりプロの方に処方してもらっただけあって、結構細かくいろいろ考えてもらえた。


ポーテンシーや組み合わせ、摂取のタイミングや形状に関しては、やはり素人がいろいろ試してできる範囲を当然超えているので、客観的に分析してもらって、一番効率が良いと判断できたものを処方してもらえた感じ。満足だ。



それらを摂取し始めてみて、面白い夢を見たり、あとは、いわゆる好転反応と言われるうちの一つ、蕁麻疹がチラッと出たり、あとは、お恥ずかしながら精がついてきた。


低用量ピルをトルコにいた時に使っていたことがあって、それってやっぱり体に蓄積してしまって、PMSだとかに影響をするようなことらしいのだが、それをデトックスするような処方もしてもらえたようで、


そのおかげかなんだかはよくわからないのだが、夫が悲しむくらいに非積極的だった私が、だんだん元気が戻ってきて、今では様々な遺伝子のバリエーションを残したいなあ、とかなんとか考えるまでになってしまった。少し元気になりすぎたかな。


まあ、そんな野望は子供をコミュニティではなく各家庭で育てるようなシステムの現代社会ではリスクが高いし、第一やはり夫の遺伝子のように私にとって魅力的な遺伝子が巷にゴロゴロいるはずわけでもない。


でも性生活の充実は、私の体の状況も大いに関わっているが、夫側の日頃の努力もかなり重要であることをここに書き留めて本日の手記を終了することにする。


お読みいただきありがとうございました。次回は、また気が向いたときにつらつら書くつもりです。


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2022年1月6日木曜日

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より前編

〜ロンドンの状況と私のメンタルヘルス〜2022年1月6日の手記より前編

こんにちはぽんたです。

やはり、ブログの更新が滞っています。他のものに興味とエネルギーが移行していたのですが、それが少し戻ってきたのと、細々とでも続けられるような形を模索した結果、やはり日記というか、手記というか、自分が考えていることをつらつらパソコンに書きためて、それをここに転載する、という形で近い間はやってみようかな、と思っています。

そのため、文体はです、ます調ではなく、で、だ調になりますが、赤の他人の日記を覗いているつもりでご興味のある方に読んでいただけたら、と思っています。

それでは、2022年の1月6日の手記前編スタートです。(後編はこちらから)


セントポール大聖堂とクリスマスツリー




2022年1月6日


夫がロンドンに来て1年が経ち、私が本格的にロンドンに腰を据えて7ヶ月は経った。二人で生活をし始めてから2度目のショーの仕事のない年越し。


もう二人ではステージに上がることはないかもしれない。 ショーの仕事は彼にとって絶大なストレスだったらしい。


人前で恥をかきたくないのか、見栄っ張りなのか完璧主義なのかはわからないが、トライアル自転車はかなりデリケートであり、ブレーキの中の小さな輪っかのメタルに亀裂が入っただけでショーアクトが続行できなくなってしまう。


実際に数回ほどステージの上でそんな窮地に陥ったことがあり、途中でお辞儀をして引っ込んだことがある。




一方この私は、まだまだステージに上がりたい欲があり、いろいろと嗅ぎ回ってトレーニングも続けているが、このご時世と、自分の怠惰な部分もあってまだまだ良い機会にたどり着けてはいない。 


そうそう、先月あたり、とあるコンテンポラリーサーカスのオーディションに参加してみた。結果はダメだったけど、見た感じ、自分のレベルはそんなに悪くなさそうだった。


今回は残念だったけど、そもそもノルディック系のルックスを探しているところに書類とビデオ審査が通ったということもおかしな話で、まあ、ロンドンにこんな奴がいますよ、とご挨拶できて自分のバイブスを生で見てもらってグループワークでも同じ時間と空間をシェアできたので、とても良い機会をいただけたと思っている。



そして去年の暮れにもう一つ新しいこと、そうそれはホメオパシーのコンサルテーションを受けてみたこと。幸いなことにこっちで活動している日本人のホメオパスに出会い、色々話してレメディを処方していただいた。



レメディを処方していただく以外にも、腸内環境のことや免疫のことなどを説明してもらい、知人からシェアしてもらっていた情報と合わせてさらに自分の体のことをより近くマッピングできたような、点と点が繋がったような感覚になれた。

今までホメオパシーの家庭的なケアの本を自分で読んで適当に試してみていた自分が、なぜ今回コンサルテーションを受けるに至ったか、というと、メンタル面がどうにも自分で制御するのが困難になってしまったからである。


それまではかわせていた、気にしないで入られた、気づかないふりができていたことが、ロンドンの情勢も相まって、悲しみが抑えきれなくなってしまったのである。


電車に乗るのが辛くなって怖くなってしまい、せっかく友達になれそうだった人も一歩踏み出せなくなってしまうような、そんな状態に陥ってしまったので、誰か話がわかってくれそうな人に相談してみようと思ったのである。


ここでいうロンドンの状況とは、去年の7月19日以降取っ払っていたはずの顔を覆うあの忌々しい布の交通機関や店内での着用義務を政府が再び制定したこと。


それに伴い、何らかの理由があって着用していない、着用できない人に対して余計な目線、リアクションをする人が少なからず出てきたこと、店の対応、店員の塩対応、警察からの圧力などなど、直に肌で感じる圧力に私のメンタルは崩壊寸前となってしまった。


私は、自分の体をとても愛している。たとえこの世界がバーチャルで肉体はただのアバターであったとしても、やはりこの世を共に渡っていくベストパートナーであり、彼女が不快に感じることは何としても避けたい。


私の体があの布は息苦しくて嫌だ、ジメジメして気持ちが悪い、パンツ被っているみたいだ、汚らしい、というならば、私はそれを彼女に着用することを強要してはならない。



メンタルヘルスを崩すのは時間の問題であるため、自分の健康を守るためにあの忌々しい布切れは着用していなかった。まあ、どっちにしてもメンタルヘルスを崩してしまうのだけれど、、、。


イギリス政府のガイドラインにも書いてある。メンタルヘルス、身体機能に問題がある場合は着用しなくて良いと、そのために特別な医師の診断書も必要もないし、正式に何かを表示する義務もない、と。


政府のガイドラインはいたって良心的なものだった。しかし残念ながら巷の人間、警察はそんなガイドライン読んだことがないのだろう。


これはイギリス人を高く評価していた自分をだいぶ悲しませた。もちろん、多くは人間の身体、価値観は人それぞれ、私は私、あなたはあなた、個人の選択に基づいて行われるべきだ、という考え方で行動している、と私は感じているが、中にはやはり野暮な人間もいる。


ロンドンにもこんな恥ずかしい人間がいるんだなあ、と感じたと同時に、彼らの邪視の対象になってしまうことによってもさらにメンタルヘルスがやられてしまった。


そんなこんなでホメオパシーのコンサルテーションに申し込んで、そしてface covering exemptionのバッジもe-bayで購入した。


このバッジについては、そんなものつけなくてもこっちの人はわかってくれるだろう、と思っていたので手を出すのも馬鹿馬鹿しいと思っていたのだが、いよいよそんなことも言えなくなってきたので、落としてなくしても大丈夫なように幾つか購入した。


つけ始めると、あ、何か理由があってつけてないのだな、となるらしく、店員には優しく対応されるし、野暮な目線も受けなくなったし、ふむふむみんな目に見える印がないとわからない、想像力に欠ける人たちが多かったのだなぁ、と気がついた。


少し、イギリスにいる人たちをかいかぶっていたようだ。

それでもここは、おそらく他の国と比べて色々と良心的な抜け道が用意されているように思う。今のところ。


ここへ私を連れて来てくれた夫には本当に感謝している。


そして、そのバッジをつけ始めて少し考えが改まってきたことは、あ、そうか、この風邪をすごく怖がっている人も中にはいて、そういう人たちと平和的に同じ空間を共有するには、なるほど、このバッジは親切なものかもしれないなぁ、、、ということ。


あとは、何より、自分を嫌な物事から守ってあげるために、とても役に立っているなあ、、、ということ。目にわかる感じで、意思表示(理由表示?的なもの?)をすることは、時には役に立つのかなぁ。もう、自分はこうっす!ってやると、あ、そうなのね!って。


まあ、ちゃんとそういうのをシンプルに受け止めてくれるお国柄なのは、さすがだよね。


お読みいただきありがとうございました。後編へ続きます。今日はこの辺で失礼します。

後編へ⇨


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2021年1月13日水曜日

瞑想し始めたらお肉が食べられなくなりました。お肉を食べない理由を分析、解説しました。(動画あり)

瞑想し始めたらお肉が食べられなくなりました。お肉を食べない理由を分析、解説しました。

こんにちは、ぽんたです。

だいぶブログを更新しない期間がありましたが、実は瞑想にふけっておりいろいろ変化があったのでなかなかブログを書こうという気にならなかったのであります。

しかし、これは是非世間にシェアしておきたいと思うところができたのでとりあえず動画をこさえてみました。

ブログの記事でもこのことについてつらつらと書いていきたいと思います。重複するところもありますでしょうが、動画と、、、ご了承くださいまし。


今回の投稿の流れ


何か起きたのか(変化)
まず、去年の暮れまではっきり言って私は行き詰まっていました。生活にね。
私、というか我々夫婦?
突破口が見えないというか、いろいろ滞っているというか、這い上がれないというか、、、


ま、これについては別記事でおいおい書いていこうと思いますが、そんなこんなでとある友人に相談できたのが転換点だったのですが、


その友人の手ほどきを元に、瞑想をして自分の魂と肉体と対話し始めました。


いろんなことを気づき、いろんなものを解放し、いろんなものから解放され、、、


その結果の一つとして、私はお肉が食べられなくなったのであります。


お肉を見ても、え、なにこれ、、、食べたくない、、、という感じ。


でも、脳は覚えてるんです。お肉は美味しいはずだって、美味しかったって。だから、食べてみるんですけど、結局、全然美味しくないんです。

それまで美味しいと思っていたお肉ですが、食べても美味しく感じさせてくれないのです、肉体が、魂が。


そしてスーパーではお肉売り場で、マスクの下で、息がコオオオオオオオオってダースベーダーみたいになっちゃって、嗚咽のような、、、


首を切られ皮を剥がれた死体が積み上がってる、、、としか思えず、最近では自然と視界に入れなくなりました。


なので、あ、私はお肉食べられなくなっちゃったんだな、と思い、食べないことにしました。


ですが、困ったことに、なにを食べたらいいのかわからなくなってしまいました、最初は。


スープを作るのにもお出汁で鶏のブイヨンをとっていたわけですからなにを作っていいのかわからなく、貧血気味にもなってしまったりしました。


最近は豆とか魚を積極的に摂るようにして、前よりも貧血が改善されたようにも感じますが、変化があったばかりの頃は、ちょっと戸惑いました。


なぜこのような変化が起こったのか(分析)

はい、では何故私はお肉が食べれなくなってしまったのかを分析していきます。

私、鳥でした。

自分の肉体と魂と会話していく中で、色々思い出した光景があり、それを元に解放したものの一つが2メートルの小鷺でした。

当初は、私の過去生だと思っておりましたが、感覚的に今もなお同時進行で存在している気がするので
パラレルワールドでリンクしている存在か、もしくは家系に流れてきた守護神的なもののと捉えております。


彼女は、ちょっとギャルみたいなキャラクターなのですが、彼女を解放したてのリンクが濃かった時に、鶏肉を見て、げっ気持ち悪いこんなの食べてんの?ということをつぶやかれました。


共食いですものね。


わけわからない、と思った方いらっしゃると思います。笑。わけわかんないですよね。笑。

でも、わかってくれる方もいると思います。私が気づいたのも、多分誰かが気づいたからで、私が気づいたから、次の誰かも気づくんだと思います。


なので、私は共食いをするのは気持ち悪い、という感覚になったのでお肉を食べない、という選択肢を選びました。

魚は?
魚は食べてます。

調べたら、鷺は小魚を餌にしているらしく、、、(たまにネズミも食している模様、、、汗)

解放した2メートルの彼女もお魚食べたーーい!!となっていたので、お魚は食べれるんだ、、、となりました。

なんで肉はダメで魚は良いの?(分類)

さて、ここまでは哺乳類、鳥類は食べないけれども、お魚は食べれるという私の個人的な感覚の話でしたが、この個人的な話に、ちょっと客観的な事象を加えて食べれる物、食べれないものの区別をし、


だから皆様もお肉を食べることについてちょっと考え直してみませんか、と投げかけてみたいのであります。


だって、何も私だけが特別な存在なわけはないですし、私が食べられなくなっちゃったんだから、みなさんも本当は食べられないはずなんじゃないの?というロジックです。


そこで私は、感情(愛情)の有無が食べて良いか食べてはいけないかのラインとするのはどうでしょうか、と提案したいのであります。


そしてそれは、生物学的に繁殖形態がR戦略者とK戦略者という分類に分けることができそうなのであります。(私生物学者ではないのでだいぶ適当に言っておりますが。。。)


R戦略者とは、たくさん産んで生存確率をあげる戦略をする動物たちで、卵をたくさん産む魚類や昆虫がそうだそうです。


K戦略者とは、少なく産んで確実に育てることで生存確率を上げる動物のことだそうです。哺乳類とか、鳥類とか、、、。
もちろんそれぞれR戦略者のK戦略よりとか、またはその逆、とかはあるんでしょうけど。。。


前者はほとんどが産んだら産みっぱなしということが多く、(例外もあるのでしょうけど)後者は一定期間お乳を上げるなり、保護するなり教育をするなりしています。


この後者の行動には私は愛情という感情がなければできないのではないか、と考えました。


つまり、彼らは私たち人間と何ら変わりはなく高度な知能、情緒を併せ持ち、彼らを食することは共食いになってしまう、と考えるのはいかがでしょうか、と提案したいのであります。


だってわんちゃん、猫ちゃん食べられます?(愛しすぎて食べて体の中に取り入れて埋葬する、という方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、、、)


多くの方はワンちゃんネコちゃん食べない、と答えると思います。なぜでしょう?


感情があるのを知っているからではないでしょうか?彼らに高度な知能が備わっていることを知っているからではないでしょうか?お友達は食べませんよね。。。


では、なぜ牛、豚、鶏、馬、羊、鹿、山羊、猪、熊、クジラ、、等々は食べるのでしょう?


鳥さんたちは、つがいになって一生懸命卵を温めて、孵化したら餌を運んできたり、、、(カッコーはなかなかずるいですが、、、)あとは何かの動画でめちゃくちゃ心の傷を負ってるオウムを見たことがあります。。。情緒、、、あると思います。


そして私の以前の記事に、トルコのデニズリのとある村で見た犠牲祭の風景を記したものがあります。私がそこで見た牛さんは、高い知能と感情があることが見受けられました。
 
少し前の記事ですので、私の感覚はまた変わっていてこの投稿で書いてあることとここでの主張は食い違うところがあるかもしれませんが、ご了承ください。


このときすでに私は肉食を断つべき立ったのでしょうが、そのときの私にはそのエゴを断つことができませんでした。美味しい、という思い込みを手放すことができませんでした。。。


でも、今思い返すと、あ、確かに牛さんも食べちゃいけない存在だな、、、となります。

そんなこと言ったら魚にも感情あるんじゃ?(反論)

魚にだって感情はあるじゃないか!という方もいらっしゃると思います。懐くナポレオンフィッシュとかいますもんね。

確かに、私もあの懐いているナポレオンフィッシュは食べられません。笑。


さすがにあそこまでいくと高度な情緒があるように思えます。(でもそれは飼い主との触れ合いで後から芽生えたものかもしれません。)


ですが、大半の魚類の感情は、不安や恐怖を感知する機能のようなものだと考えています。(あくまでも主観、、、笑。)

海面から何か(鳥)降ってくるから怖いな、だとか、この色なら見えていないかな、ドキドキ、、、だとか、生命を後世につなげるために、生き延びるために危険を察知するために備えられた装置で、


愛情や思いやり、といった情緒まではなく、またそれがゆえに心理的なトラウマになるほどの恐怖は感じないのではなかろうか、と今の所捉えています。が、みなさんどうでしょうか?


自分が生きるか死ぬか、自分の子孫が残るか残らないか、、、のシンプルな感じで、彼らにはどうしてもっと早く卵を温めるのを交代するためにもっと早く来なかったの?とふてくされたり、我が子の毛づくろいをしたりするような複雑な情緒はないのではなかろうか、と私は捉えました。
サ○○ストとの共通点(あくまでも仮説)

そして、もう一つ、昨今巷を賑わせている事柄の中で、

たくさんの証拠や証言が出てきています。

たくさんのおぞましいことがあって、とてもじゃないけど書きたくもないし口に出すのもはばかられます。

その中で、おぞましい製造方法のドラッグのことを知りました。そしてふと繋がった考えがあって、

これって我々がお肉を作る工程にそっくりなんじゃないか、と。


屠殺される瞬間、この高度な知能、情緒が備わった動物たちは、自分の身の上にこれから起きることを理解し、大きな恐怖を抱くと思います。痛みに悶え苦しむものもいると思います。


その脳から出た恐怖を感じた時に出るのホルモンが全身に行き渡った動物のお肉を我々は美味しい美味しいと、食べているのであります。

ぞっとしませんか。

これは、あの彼らがしていることと同じではありませんか?

これでも食べられます?お肉、、、。


終わりに

以上の観点から、自分が単にお肉を食べられないようになっただけでなく、皆様にももう一度お肉を食べることについて考えてみませんか、とでしゃばってみたのであります。


もう一度言いますが、私が特別にそういうものに目覚めたわけではなく、ただ、今のタイミングでこのようになっただけで、昔はお肉を美味しい美味しいと食べておりました。



だから、でしゃばるのも恐縮なのですが、ただこのようなことに気づいてしまったものですから、きっと皆様も同じなのではないか、と思ってこの考えをシェアしてみよう、ということに至ったのであります。


ただ、強要する気は一切ありません。現に、夫はただいま生ハムサンドを堪能しております。笑。わかるよ、美味しかったもん、生ハム。。。


ただ、結局需要がある限り、我々は我々の仲間を殺してしまっているのであります。


最後になりますが、今、精肉業を営んでいる方々には営業妨害になるような内容、申し訳ありません。が、今、ベジタリアンだとかビーガンだとか大勢の方がシフトチェンジしているので、もしかしたら今のうちにビジネスのシフトチェンジを行っていくのはいかがでしょう、というとんでもないおせっかいを述べまして、今回の投稿は締めさせていただきます。


あ、卵とチーズについては動画で述べましたので割愛。

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2020年9月9日水曜日

大麻は逮捕に値するのか?大麻にまつわる私個人の意見。


こんにちは、ぽんたです。


巷ではまだまだ新型コロナウイルスが猛威をふるい、総裁選も控えたりといろいろですが、


ツイッター眺めていたら大麻で伊勢谷友介さんが逮捕されたということで、、、。


先進国で大麻合法でない国は日本くらいだ、だとか、


大麻はタバコより害が少ない、だとかいろんなことを言われています。


私も20代前半くらいは、使用はしないまでもマリファナ信者、というか


肯定的に捉えてる自分かっこいい、みたいな感覚に洗脳されていましたが


日本を出て、実際にいろんな人を見て自身も経験してみて、マリファナに対する印象は変わりました。


そして、私なりに大麻についての意見をここに書いてみようと思いました。

目次



私と大麻の位置関係


私は大学卒業後、日本を出て7年くらい海外をフラフラしていような人間なのですが、


日本にいた頃から、大麻は割と身近な友人知人の間にあって、


実際に自分が使用したことがあるのは日本にいた頃、1度だけそれっぽいものを(私はそれがなんだかよくわからなかった。笑)仲間内で回した時に体験したことがあるのと、


あとは、トルコにいた時に同僚の一人がディーラーと仲良くなって入手して、誘われた時に1度だけ付き合ったのと、


(でもそのディーラーを同僚が我々のグループが住んでいるヴィッラに連れてくるようになってしまい、ご近所の目もあるしトルコでは違法であり、何よりそのディーラーのバイブスが気に入らなかったので、同僚にはここで警察沙汰になったら会社に迷惑がかかるからよそでやってくれ、と結構きつく言い、その後は誘われてないし、ディーラーのことも見てない。)


そしてアムステルダムにいた時にマリファナキャンディを試したことがあります。3回ですね。


あとは、トルコでもドイツでも使用している人が仕事関係者にいたり、友人の友人にいたりしてちょっと副流煙を嗅ぐくらいです。


ドイツでは道を歩いているとちょいちょいイグサのような匂いがして、あ!誰か吸ってる!笑

みたいな。


使用していませんが、ちょっと経験したことはあるし、割と身近にある、そんな位置関係です。



経験してみた私の身体の反応


基本的にハイになるとか、酔った感じになるとか、一切ありませんでした。ただ、トルコでやった時は、普段気にならない音がやたらと聞こえるようになってしまい


金属音とか結構怖かったです。


その日見た夢は登場人物がカートゥンネットワークに出てくるようなアニメキャラになってしまい、


それもまた怖く感じてしまい、あまり良い記憶ではありません。



そして別にいい感じになったわけでもないのに、その成分が身体から抜けるくらいで、うつ状態というか、無気力というか、それがゆえに若干喧嘩っ早くなったというか、苛立つ閾値が低くなり、だいぶ理性で抑えるのがしんどかったりしたのを覚えています。



アムステルダムでキャンディを試した時は、気持ち悪くなってしまい、チュッパチャップスサイズ半分もなめれず途中で捨てました。



ただ、味を知ることができたので十分な経験になったと思います。味は、畳をなめているようでした。


試してみた結論としては、別にハイにもならないしリラックスもしないし、気持ち悪くなるだけで私には合わない。


タバコもそういえば1、2回試しましたけど、喉が潰れるし指先の毛細血管が収縮した感覚があったのでダメでした。


私はただ音楽に乗ってジャンプしたり踊ったりしてればぶち上がれる人間なので、
あと、普段から子供みたいに素直に自分の感情を押し殺さず出すタイプなので


そういった類の嗜好品は私には必要ないのです。



常用している人のバイブス

どれくらいの量をどれくらいの頻度で使用しているかにもよるのだと思いますが、毎日何本も使用していた知人は、顔の色がくすんでいて暗くて、目が座っているというか、目がとろんとしているというか、

セラピストの知人を除いて常に使用しているような人のバイブスははっきり言って良くありませんでした。


目の焦点が合ってるのかあってないのかわからなかったり、攻撃的な雰囲気を見にまとった人もいました。


なので、仕事中に吸うのはよくないんじゃないかなぁ、、、と思いました。


ちなみにグッドバイブス常用者のトルコ人セラピストは川崎のオートバイ(ニンジャって言ってたかな、、、?)を乗り回すのが好きで、フロントウィールやバックウィールなど、公道でもクレイジーな乗り方をしていたのですが、


ある日、大型トラックに轢かれて死んでしまったとの知らせが届きました。


彼には、第2子妊娠中の奥さんもいて、しかも奥さんは外国人で異国の地で配偶者を亡くしてしまったわけで


まあ、その日彼がマリファナを使用していたかどうかなんてわかりませんが、
その日も大麻やって気持ち良くなって無茶な運転している様子が予想できて、


快楽主義が過ぎてしまうのはよくないんじゃないかなぁ、、、と思うのと同時に、


大麻に対する印象はやはり悪くなる一方。飲酒運転しているようなものなんでしょうね、きっと。


彼は私が当時の彼氏となんやかんやあって破局して憔悴していた時に、「でもね、人生は美しい。」なんて言って励ましてくれた人で


時には傷つくこともあるけどそれもまたひっくるめて人生は楽しいんだ素晴らしいんだ、みたいな価値観というか、哲学というか、


そんな人柄がにじみ出ていて、


もしかしたら彼の中にもマリファナに頼ることでしか乗り越えられない人生の憂いがあったのかもしれませんが、


それでも、私の中ではマリファナはそんな素敵な彼を奪った、という印象が残ったのでありました。


大麻合法の国に住んでいる人はマリファナのことどう思っているのか?

私が、トルコの大きなリゾートホテルでアニメーションというエンターテイメント部門で働いていた時なのですが、トルコ人の同僚は相手の観光客がオランダから来たと聞くと、


次に出てくる決まった質問は


じゃあ、マリファナ吸うの?


でした。笑。

お客さんとコミュニケーションをとるのも仕事のうちだったので、彼らはただの会話の切り口として話しているだけで悪気はないのですが、


そのオランダからの観光客たちはみなさん


吸わないわよ。怒。


みたいな反応で、合法だからといってみなさんマリファナを吸うわけではないし、マリファナに対するイメージも良いわけでもないのだなぁ、とその時思いました。


もしかしたらただそのお客さんはみんな100回同じ質問を受けていて、またこの質問?オランダ人だからってマリファナ吸うと思わないでよ、と嫌悪感を抱いていただけなのかもしれませんが、、、


結局、オランダからの観光客へのそのような質問で実際吸っていると答えた人は1人もいませんでした。


合法にしたのは、その方がブラックマーケットへの資金源にならない、というだけで、


別にマリファナを奨励しているわけではないのでしょう。


筆者の大麻が日本で合法になった時への懸念


あくまでも私自身の意見ですので悪しからず。

はっきり言って合法になろうが非合法のままであろうが、どうでもいいです。私は吸わないので。


ただ、合法にする場合、仕事中は吸わないだとか、使用量の注意だとか、そこらへんのマナーをきちんと形成していく必要はあると思います。


匂いも独特ですので、タバコの臭いは大丈夫でもマリファナはダメ、という人もいるでしょうし、


分煙化が進んでいる今、タバコとマリファナの喫煙所は一緒でいいのか、わけた方がいいのかということにもなってくると思います。


いるかわかりませんけど、タバコを吸っている人でもマリファナはいやだ、という人もいるかもしれませんし


マリファナを使用量を過ぎてやりすぎた人たちによる問題行動、みたいなものも出てくるかもしれません。


深くきまっちゃって4時間くらいソファーから娘が起き上がってこないとか、喧嘩が増えただとか、、、


マリファナはタバコに比べて依存性が少ないとか言われていますが、それすなわちマリファナは体に良い、安全だ、ということに安直に考えてはいけないと思います。



合法になった時、大麻に対して誤った認識を持ってしまわないように、


合法になるけれども、マリファナには人間にこのような影響を与える恐れがあります、という部分をきちんと人々に認識させることが大切であると思います。


マリファナやってるからかっこいい、とか、ちょっとカッコつけたがる人たちもいるので(私も以前そんな感じだったので)

本当にかっこいいホンモノは、自身が持つ脳内麻薬で天才的なセンスのある人間であり、


外的な成分に頼るようでは半人前だ、というような価値観の人が(本物の人の例:ガクト様とか、古舘伊知郎さんとかね)


増えると良いなあ、と思います。


誰かが考えたかっこいいではなくて、自分の判断で考えたかっこいいを貫く日本人であってほしいと思います。


そういう判断ができる人間が大多数を占めるまでは、合法は待った方がいいかもしれません。

おまけ

今回、伊勢谷友介さんの逮捕がきっかけで大麻について書いてみましたが、別に大麻を使用している人に対して嫌悪感を抱いているわけでもありません。


確かに明らかに吸い過ぎててちょっと嫌なバイブス醸し出している人にも出会ってきましたが


伊勢谷友介さんは、嫌われ松子の一生を観たときから、なんて独特のセクシーさがある方なんだ!と思っていて、



今回のことで私の彼に対する好感度は全く下がっておりません。


むしろ、大麻ぐらいの逮捕で彼の出演している作品を非公開にする必要はないとも思っており、


なんだ大麻くらいで、、、作品見せろよ!みたいなたくましい社会的風潮になってほしいなあ、とも思います。


だいたい大麻くらいでわざわざ逮捕って警察の方もご苦労様です。


まあこれはただの私の意見です。


ただ、やはり日本では日本での現状を踏まえた行動は取らないといけないのだなぁ、と思います。


警察沙汰はやはりそのあとが面倒ですものね。


大麻ごときで自分の人生に前科がついてしまうのはもったいないですし、迷惑を被るのは自分だけではないことも考慮すると


大麻が非合法の土地ではリスクを冒してまで手を出す価値のあるものとは思えません。



それでも手を出すのは、外国かぶれというか、自分は他の人とは違うことを誇示したいような、ちょっとしたかっこつけのようにも感じてしまい、そうなると逆にイタイというか、かっこ悪いですよね。


もしくはアウトローなことをやるのがスリルがあってそれが楽しかったりもするかもしれません。


大麻はちょうどいいアウトロー具合ですよね。


それを考えると、いっそ合法にしてしまった方が、逆に手を出さなくなる人もいるかもしれません。



私は警察沙汰になるようなことにはならないように、常に肝に銘じております。何しろ喧嘩っ早い性分で言葉が通じないと余計に手が出やすくないますので、


感情を先に行かせてはいけない、と気をつけている次第でございます。


嗜好品に対する欲もそうですよね。たかが嗜好品ごときで前科をつけるメリットはどこにもないと思います。


前科があると、滞在許可をとるのが難しくなる国があるので、自由に海外に行き来したい身としてはなおさら気をつけなければな入りません。交通違反も含めて。。。


いっときの感情で将来の自分に迷惑がかかるのは、本当にやるせないですからね。


そんなこんなで今日はこの辺で。


これって過敏性腸症候群?IBS、ガス型下痢型両方疑惑。ピーマン食べて左脇腹が激しく痛み3日間寝込んだ話。

こんにちは、ぽんたです。


ドアを開ければそこにいるのに3日間会えず。。。



先々週になるのですが、私は腹痛で3日間寝込みました。


熱はなく、ただひたすらに左脇腹が痛くて、お腹にガスが溜まった感じと出したいのになかなか出てくれない下痢の便意に襲われ、


起きていると常にわけのわからない激痛があったため、初日はトイレにこもっていたのですが、熱中症になりかけそうになったので、


ひたすら寝て神経を眠らせる作戦を結局3日間して過ごしました。


最初は、生理痛かと思っていたのですが、(ちょうどかぶりました。)


2日目も3日目も強い生理痛になることは今までなかったので、


いろいろインターネットで探ってみて、これはもしやいわゆる過敏性腸症候群(IBS)というやつか、、、?という結論に至ったのであります。



もちろん、家事もろくにできず、(いうて普段ご飯しか作らないのですが)トレーニングもできず(腹圧かかりますからね)



夫にもだいぶ心配と迷惑をかけたのですが、幸い彼はジャガイモを茹でてくれたり、ボルシチを作ってくれたり



彼にできることをやって看病してくれました。あーパートナーがいるって本当に良い。笑。


トルコでシングルで殺伐と人生と戦っていた時期がまあまあ長かったので、助け合えるこの幸せはとても身にしみます。。。笑。



元からお腹ゆるい性質ではあったのですが、



多少ゆるくても、そこまで気にならなかったので、食事もそこまで気にしないでいました。


しかし、年齢を重ねてきて体質が変わったのか、それともブラジルの痩せた赤土で育ったたくましく育った野菜がお腹に刺激を強く与えるのか、


ピーマン入りの野菜炒めを夕食で食した翌日に、悶えるような腹痛に襲われてしまいました。


いやーきつかったです。


母に確認したところ、私の祖母にも同様の症状がみられ、彼女もピーマンが食べられない、とのことでした。


そういえば、トルコにいた時パプリカにあたって嘔吐したことはあったのですが、モルドバではちょっとお腹がゆるくなるかなぁ、くらいでパプリカもピーマンも生でぽりぽりいただけていたので


まさかピーマンでこんなに痛くなるとは思わなかったのですが、もしかしたら他にもいろいろ重なってしまったのかもしれません。


そういえばキャベツもその野菜炒めに入れていました。


昨日夜キャベツ入りのサラダを食べて、今日のお腹の調子が良くなくてトレーニングしなかったので、



今現在わかっているのはピーマンとキャベツは私のお腹は消化できない成分が入っている、ということです。



他のものだと、、、ニンニクは、生だとお腹の中でガスを生み出しますが、ある程度火が通っていると大丈夫な感じはします。それくらいなので、好きだし美味しいのでニンニクは引き続き食べてしまいます。



キャベツも美味しいくて好きだったのですが、結構な不快感を与えることがわかったので、今の気持ちではキャベツ食べたくなくなってしまいました。



夫は、キャベツのサラダが好きなので、キャベツじゃなくてルッコラだよ、と言い張りますが(昨日のサラダにはルッコラも入っていた)


ゲップがキャベツに入っている硫黄っぽいものを感じるのでキャベツだと思います。


もしくは両方だと思います。。。いや、ルッコラはまだ食べたい!


となると、あの美味しいカリフラワーももうやめておいたほうがいいのかもしれません。泣。


今までもキャベツやカリフラワーを食べるとガスがたくさん発生してお腹が張って不快でしたから。


それでも「美味しい」が勝っていたので食べていたのですが、あの腹痛の3日間以降、もうあの痛みは味わいたくないのと、


やはり身体を使う仕事をしているので、腹痛はできるだけ避けなければいけない、ということで


体に受け付けない食べ物はもう極力摂らないことにしました。


今のところわかっているのは、ピーマンとキャベツです。



この二つは、元々そこまで好物ではなかったので、断ち切れます。笑。


あとお酒には元々弱く、好きでもないのですが、


確かに飲んだりすると、ガスでおなかが張るわ下痢はするわでした。もうかれこれ半年以上飲んでいませんが。


なので、かのような持病を抱えながらバンバン会食をして自分は弱みなど何もないことを誇示するかのようにお酒をガブ飲みしていたら、そりゃあものすごい腹痛に襲われるのも当然でしょう。


なので、かの人物については自己管理能力の欠如意見に1票です。


会食をしたって、自分の身体が受け付けないものを断ることはできるはずですし、


何より国民の命を預かっているような仕事なのですから、会食やお酒を控えるなど、自分の体調管理はマストだと思います。


はい、話が逸れています。



まあ、私も同様に、身体パフォーマンスをする仕事なので、仕事はたとえなくてもトレーニングはしなければいけない、


つまりこれを食べるとおなかの調子が狂う、とわかっているものは食べてはいけない責任があるのです。夫も困るし。笑


はい、そんなこんなで、別に病院に行って診断を受けたわけではないのですが、


私ぽんたはピーマンとキャベツ、体が受け付けないために食べられません、という報告でした。


あと、お酒も飲めません。。。でもシャンディーガフ1杯なら、、、付き合います。笑。


飲み会の雰囲気は好きです。基本的に食べる係です。何の話じゃ。


皆様もご自愛くださいませ。


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2020年9月7日月曜日

サーカスでのドライブインシアターを終えて。新型コロナウイルスが蔓延する中、新しいショービジネスのカタチ。ブラジル、フォルタレザより。


こんにちは、ぽんたです。新型コロナウイルスが蔓延するブラジルはフォルタレザより投稿しています。


ドライブインシアターで大画面に映された我々夫婦。




先週の日曜日に引き続き、昨日もドライブインシアターでのショーをやりました。


ドライブインシアターというのが正しいのか、ドライブインショーというのがサーカスには当てはまるのか、、、


来週の金曜日からこのサーカスは一応通常通りの運営を再開するということなので、おそらくドライブインでのショーはこれで最後になるだろうと願っています。



そこで、一体験者の記録としてドライブインショー又の名をドライブインシアターについて軽くこの投稿にまとめてみたいと思います。





ドライブインシアターって何?



新型コロナウイルスのパンデミック、感染拡大に伴い、エンターテイメント業界がイベント中止を余儀なくされる中、苦肉の策はたまた新しいビジネスの形として生まれたドライブスルー感覚で楽しめるイベント。



私ぽんた自身初めてその存在をSNSで5月頃だったか、、。デンマークのとあるミュージシャンがフェス会場と思しき広場に車ごと観客を入れてライブを行っている様子でした。



野外ステージに大画面、音楽フェスやライブ会場に似ている。観客は車ごと入り、駐車場のように駐車し、ブラジルのフォルタレザにあるドライブインシアターでは映画鑑賞や、サッカーの試合観戦などが催されているご様子。



広い駐車場に、特設ステージがあるイメージです。


ドライブインシアターの仕組み(ブラジルはフォルタレザ、Godreamドライブインシアターを例に)



業務形態としては、ショッピングセンターの駐車場やイベントセンターの駐車場などにイベント会場などの設営システムを持っている団体が会場を設営し、その会場をショーやイベントをやりたい団体が借りてショーやイベントを行う感じでした。


つまり、サーカス自体がドライブインに改造してやる、のではなく、ドライブインシアターという劇場をサーカスが場所を借りてショーをやるっといった感じです。



続いて、実際の観客の流れについてです。



まず、入口と出口が違いました。それはまるで本当にドライブスルーの様でした。入場ゲートでチケット確認と検温があり、その後、指定の駐車スペースへ。



大きなイベントセンターの駐車場を利用して特設ステージが設けられており、駐車スペースには各々番号が書いてある柵が置いてありました。



音響は、極端に言えば演者に聞こえる用のモニタースピーカーのみで、基本的に観客は開催側が流す音源のラジオにダイアルを合わせてカーステレオからショーの音楽、音源を聴きます。



観客は基本的に車内で過ごし、拍手は車のクラクションです。ですが、これはまだまだ浸透した慣習ではないので、窓を開けて拍手をしてくれる観客もいますが、観客のリアクションがいまいち見て取れない場合があります。



最終的に、観客は車から降りて立って観始めたりもします。それでも車1台に4人までなので、たとえ全ての観客が車からおりて鑑賞しても十分な社会的距離、身体的距離は保たれています。



会場は広いスペースで遠いため、背景の大画面に演者の様子を映し出すためのカメラ班が必要になります。野外コンサートに近いんだと思います。



お手洗いは共同で、その時にはマスク着用をお願いしていました。物販もあって、サーカスのお姉さん方が綿あめやらおもちゃやらを持って車たちにウロウロ売りに行っていました。



これに関しては、感染対策として良いのか悪いのかわかりませんが、この様な物販も今のサーカスの現状を考えると重要な収入源になっているのだと思います。



開催側と観客及び観客同士の接触は、お手洗いと、この物販関係、あとはチケットのやりとりぐらいのでした。



催し物が終わると、そのまま車で出口へ向かい、終了です。次の回のお客さんたちは、反対側の入り口からまた入ってきます。



チケット料金(我々の現在所属するサーカスを例に)



私が掴んだ情報はキャンペーン価格で1台最大4人までで77レアルくらいでした。(あやふや)日本円にするとだいたい1500円くらいですかね。思ったより安い、、、。


採算取れるのか、、、?正規の料金はもう少し高いんだと思うのですが、、、。


演者からの感想(私個人の見解)


一番最初にやってて受けた印象は、ただの駐車場で車に向かってやってる感じで、肩透かしをくらいました。


でも、ちゃんとクラクションで反応してくれるお客さんが最初の回では多くいて(サクラだったのかな?)それで初めて、あ、この車たち、観てくれてるのか、、、といった感じでした。



クラクションバンバン鳴らしてもらった方が、やってるこっちとしてもモチベーションは上がります。エンターテイメントショーなので、ナンバーの最中でもピーピー盛り上がって欲しいです。



が、回によっては反応が薄い時もあって、でも車内では盛り上がっている様子が見受けられたので、あ、他の車内でもきっと拍手してくれたのかなぁ?と想像するしかないときもありました。



日本だと、クラクションをピーピーパーパー鳴らすのに抵抗を感じる人がもっと多くいるかもしれませんよね。



そして屋外なので、天候にも左右されます。風が強いだけでもサーカスでは難しくなる演目が多々あります。



エアリアルシルクの布が風になびいちゃって絡まったり、あとは全く凧みたいに浮いちゃって届かなくなってつかむことさえできずに3分すぎちゃう、とか。



クイックチェンジのカーテンが風でめくれて見えちゃう、だとか。


矢とかやっぱり外れちゃうみたいです。


バランスとかも強風の中だとさすがに難しいですよね。。。夫もナーバスになってました。




観客の反応(私個人から見た彼らの反応)


サーカスだったためか、子連れが多かったです。クラクションを鳴らすことが拍手であることを知っている場合は良いですが、知らない場合、窓を開けて拍手している手を見せたりしていました。



後から出来上がった記録写真を見てみると、みなさん楽しんでいたご様子が伺えました。




それでも最後の方になるとみなさんわらわら車外で立ち見をしていたのでやはりちょっと観にくいんだろうなあ、とも思いました。




まとめ


新型コロナウイルスのパンデミックに伴うエンターテイメント業界の新しいカタチとして、ブラジルはフォルタレザからレポートしました。



ドライブインシアターは苦肉の策で、おそらく一時的なもの。パンデミックが収まるとともになくなるものでしょう。



しかしながらエンターテイメント業界はずっと止まっているわけにはいきません。この業界でしか生きられない人たちがたくさんいるのも事実です。



多少コストがかかっても、歩み続けなければならない業界で、そしてそのカタチでもその活動が可能なときドライブインシアターは現代の選択肢の一つとして鍵を握っていると思います。



無観客ライブ配信よりも、観客のリアクションが受けられることは演者にとってもやりがいを感じます。



今になってこの記録をしましたが、もう9月に入って、世界的に様々なエンターテイメント団体が活動を再開したように見受けられます。



つまり、すでにドライブインシアターの需要は減っていくと予想されます。



しかしながらこの経験は、第2波、第3波、はたまた全く別のウイルスによる同じような状況へ生かされ、今度はもっと迅速にドライブインシアターを選択肢に入れることができるようになるのでしょう。



一刻も早く全ての業種の人がそれぞれの専門職で生活ができるようになるよう祈っています。



そして我々夫婦もクリスマスの仕事が見つかりますように、、、。切実。



それではこの辺で、ご精読ありがとうございました。



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2020年8月21日金曜日

記憶日記シリーズまとめ


こんにちは、ぽんたです。
私の海外生活の中で、印象的だったこと、記録しておきたい出来事など、異文化の理解に役立つ資料作成のために、記憶からですが書き記しておこうというコンセプトの記事のまとめです。より情景が伝わるような文章表現を心がけます。。。




(ちょっとグロテスクな表現注意)記憶日記:トルコ、パムッカレのあるデニズリ県のとある村で見た犠牲祭(クルバンバイラム)の風景




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記憶日記:トルコのイスラム犠牲祭。パムッカレのあるデニズリ県のとある村で見たクルバンバイラムの風景(ちょっとグロテスクな表現注意)

この投稿では私ぽんたのトルコでのイスラム犠牲祭(クルバンバイラム)の体験追憶物語をお送りします。


2013年の夏の終わりか秋ぐらいのことでした。


当時トルコのパムッカレのとあるホテルでボランティアワークをしていた私は、イスラム犠牲祭(トルコ語で、クルバンバイラム)のために実家のある村へ帰る掃除婦さんハティジェに、「あんたも一緒に行くのよ。」と半ば無理やりデニズリ県にあるとある村へ連れて行かれました。


ちなみにこのイスラム教のお祭りは、鶏からヤギ、羊、牛さんまでの動物たちを神聖な儀式を共に解体し、そのお肉をみんなで分け合っていただく、というお祭り、祝日で、


日本のお正月のようなもので、この時期には家族、親戚で集まります。


懐かしのパムッカレ


当時トルコ語がろくに話せない私にお構いなく話しかけ、私をカンカ(血の契りを交わした親友を意味する)と称し、なぜか裏声発声で話すハティジェは、どことなくダウン症の人に似た雰囲気を持ち、まん丸とふくよかなシルエットで、色白でもち肌で、、、



親族に彼女に似たようなダウン症の人間がいる私には、とても親近感の湧く存在であったため、ちょっと風変わりな人ではあるものの、裏表のない性格と、ボーイフレンド(元)以外に特に友達のいない私にとって無理やりでも私のカンカ!と呼んでくれるハティジェに私も懐いておりました。



毎朝ホテルの朝ごはんの後のお皿洗いをするハティジェを手伝ってもいました。




私とハティジェの仲はさておき、私はハティジェとハティジェの夫の運転する車に乗りパムッカレからまずはデニズリの中心部に向かいました。




そこで車はとある住宅地に停りました。ハティジェの言うことには、自分の息子に会いに来たというのです。お子さんがいるなんて思っていなかったので少々驚きました。




ハティジェの息子さんは、当時6歳くらいでベルカイと言いました。




養子に出したのか、預けているのか真相はわかりませんが、ベルカイは癇癪を起こしながらお母さんらしき女性に連れられて団地から出てきて、




ハティジェは、別にハグするでも撫でるわけでもなく、ベルカイ、ベルカイ、と呼びかけてまるで祖母が孫にお小遣いをやるように100リラ渡しました。



ベルカイは知能的なハンディキャップを抱えているようにも見えました。



そして、すんなりその家を後にしました。


ベルカイやハティジェの様子と、ハティジェとハティジェの夫はいとこ同士だ、という情報からおそらく村では近親相姦が見られ、そのためにハンディキャップを抱えているような人たちの割合が多いのかなあ、と予想できました。







学校教育なども行き届いていないのかもしれませんが、詳しいことは別に聞きませんでした。



村では、まず、ハティジェの実家に行きました。


そこには、ハティジェのお母さんと、ハティジェそっくりの息子がいました。




これはベルカイのお兄ちゃんで、あまり社交的ではありませんでした。ハティジェのお母さんを手伝っていました。




家の様子は、牧場というか、畑というか、、、現代的な感じではなく、さすがトルコの村だなあ、、、村ってこんなんなんだ、、、と衝撃を受けました。




土間のような空間に入ると、壁際の地面にはいくつものヤギの生首が置かれておりこれまた衝撃を受けました。


これが、イスラム犠牲祭か、、、と。





そして、ハティジェの家を後にしておそらく彼女の夫の親戚関係の家に行きました。




敷地内では親戚が集まり、バーベキューをしていました。パンに挟んだ肉を、さっき捌かれた新鮮な肉だよ、と渡され、食べてみるとやはりいつも食べている肉より美味で、肉にも鮮度があるんだなあ、、、と当たり前のことかもしれませんが発見したのでありました。




その後ハティジェにいよいよ牛の首を切るよ、と促され見に行きました。ハティジェはこの伝統的な光景を日本人の私には珍しいだろうと、連れてきたのでありました。



現場は敷地内ではなく、家の前の道路でした。


家の前の道路ではすでに動物の血が小川のように流れ、村中が血の匂いに包まれていました。


そして、今まさに犠牲になろうとする大きな牛が、男たちに足を縛られ押さえつけられており、その牛は恐怖のあまり抵抗し鳴き叫んでおりました。男たちもわっせほいせと力一杯紐を引っ張っています。





そのうちに牛は後ろ足をひとくくりにされ、クレーンでその後ろ足を括られ持ち上げられます。


首が地面に押し付けられる高さまで吊るされると、前足は紐で引っ張られ横倒しになった状態で、首の部分を2人がかりで押さえつけられ、ナイフを持った男にお経のような、呪文のような、おそらくムスリムの中での神聖な言葉を唱えられ、そのまま首をナイフでギリギリギリっと切られて行きました。



聞くところによると、この作業を行える男性は村で1人しかおらず、彼が村を一軒一軒回ってこのような儀式をしていく、とのことでした。



しかし、ナイフなので、一瞬では終わりません。


その牛は、痛みと恐怖に叫び、ただその叫びの後半は声帯を通る血液でゴボゴボゴボッとなりました。モォーーーゴボゴボゴボッ、、、!という感じです。




その後しばらくその角度で血抜き作業が行われ、背中を地面に四本の足を空に投げ出した首のない牛は腹の縦中心にナイフをスーッと入れられ、そこから皮が剥がされ、解体されて行きました。


そのあとはあんだけ美味しいと思ったバーベキューを一口も食べることはできませんでした。


お隣さんの牛さんは、自身の運命をわかっているようで、何も抵抗することなく静かに持ち上げられ、ナイフが入った一瞬だけモ゛ッ、、、と言ったものの静かに静かに犠牲になりました。


牛にも性格があるんだなぁ、、、と感慨深かったです。


こんなに感情豊かで個性もある動物を、果たして食べていいのだろうか、、、という疑問も残りました。それでもやはり焼肉やすき焼きは恋しいです。。。





そのうちに別の3匹の牛がのそのそと、その現場へ歩いてきました。



そのうちの真ん中の1匹が皮を剥がされひっくり返された首のない仲間を発見し、自分たちと同じ牛だと認識し、目をはっと見開き息を呑んだようなリアクションを取りました。



そしてすぐさま両隣の牛たちと目配せをして、きょとんと立ち止まってしまいました。





そりゃあ自分と同じ仲間が首を切られ皮を剥がされ逆さまに横たわっている光景を見たらショッキングですよね。。。



私はその時、牛にはだいぶ知能もあって、首から先がなくても皮を剥がれて逆さまになっていても、それを自分たちと同じ牛だと認識できて、そして、自分たちはこうなるのかといった状況を判断、予想できるんだなあ、と考察しました。



ますます、牛さんを食べていいものなのか、疑問に思ってしまう出来事でした。でも、やはりたまに牛肉食べると、すごく美味しいんですよね。。。



その3匹の牛は横にいた老婆に急かされ再び歩き始めましたが、



あの牛さんたちの表情は忘れがたいです。





さて、村人の様子ですが、女たちは、口に手を当てながら真剣にその作業を見守っていました。



この状況を前にして楽しくおしゃべりができるような神経ではみなさんありません。みなさん真摯にこの光景を受け止めております。



小さな子供ももちろんその光景を見ています。かなり衝撃的で、ショックです。ですが、これが肉を食べるということなのだな、ということを痛感させられます。



しかしながら、やはりこれはちょっと刺激が強すぎて、この刺激に慣れ過ぎてしまう子供たちがいるのではないか、と心配にもなります。


そんな中、10歳くらいの目つきの悪い少年がトラクターで乱暴な運転をしており、大人たちに注意されるものの無視している光景を見ました。



その少年を見たときはいろんなものを危惧しました。



牛1頭は、たいてい1つの家族がみんなでお金を出し合って買い儀式を行ってみんなで分け合って食べます。



個人だと、ヤギや、羊1頭を買うみたいです。でも全人口がヤギや羊を1頭ずつさばいてしまったら、、、ちょっと余分な気もします。



もちろん戦渦のシリアのムスリムの同胞たちへ送る、貧しい人たちに送るということも行われているようですが、やはり、現代社会において多くの人が経済的にも余裕が出てきて、誰もが羊やヤギ1頭を買える時代になってしまった今、少しスタイルを変えたらどうかなぁ、、、なあんて思います。




もともとのコンセプトお金がある人が代表して買って、貧しい人たち、みんなに分ける、といった喜捨の精神なのでしょうけれども、現代ではちょっとお肉を余分に食べ過ぎている気がします。




ちなみに、私が見た光景はトルコでも珍しい方の犠牲祭の光景だったらしく、犠牲祭は素晴らしいと自国の文化を誇っていた知人に聞くと、都市部ではすでに街を血だらけにするようなやり方は禁止されており



公道でおおっぴらに首をかききるようなやり方は行っていないらしいです。


もしかしたら、トルコ人でも見たことがない光景を私はその村で見たのかもしれません。



ハティジェはすごい村から来てるんだなあ、、、って思いました。


以上、トルコで見たイスラム犠牲祭の風景でした。



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